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9月28日 疑いと不信仰に立ち向かう

それで、そこでは何一つ力あるわざを行なうことができず、少数の病人に手を置いていやされただけであった。イエスは彼らの不信仰に驚かれた。それからイエスは、近くの村々を教えて回られた。(マルコ6:5−6)

 イエスが奇蹟を行なうことができなかったなんて想像できますか? なぜイエスは奇蹟を行なえなかったのでしょうか? イエスが数人しか癒すことができなかったのはなぜでしょうか? 人々が不信仰だったからです。彼らは神の御子を疑っていました。彼らには、イエスのところへ行き、奇蹟を受け取るだけの信仰がなかったのです。
 私たちが単に信じているからといって、人々を助けられるわけではないことを認識する必要があります。癒しと奇蹟を行なう力は、揺るがない信仰を前提としています。私たちは、自分の不信仰や疑いによって、神を制限してしまうこともあるのです。神が約束してくださっている奇蹟の御わざを受け損なうこともあり得るのです。私たちは、自分のうちにある疑いや不信仰の問題を取り扱う必要があります。
 では、どのようにしたら不信仰から解放されるのでしょうか? どうすれば絶えず揺るがない信仰を持ち、主がくださるものをいつも受け取っていくことができるようになるのでしょうか? その答えを得るには、イエスがなされたことから学ばなければなりません。イエスは巡り歩いて人々に多くのことを教えられた方でした!
 イエスは、神の御ことばを教えることによって、人々の不信仰と疑いに立ち向かわれました。イエスは人々に神の御国について教え、それがどのように働くかを教えられました。イエスは、神が彼らをどれほど愛し、祝福したいと願っておられるかを教えられました。イエスは、神はとてもすばらしい方で、彼らのすべての病気を癒したいと願っておられることを教えられました。イエスは教えの中で、これらの事実をどのように説き明かされたのでしょうか? 天の御国について語られたのです。
 イエスは、彼らが今そこで神の御国を経験することができると教えられました。イエスは、天の御国には病気もわずらいもないことを彼らに説き明かされました。天国には呪いもないと教えられました。天国には欠けるものは何もないと教えられました。イエスは、彼らが悔い改めて信じさえすれば、神の御国を見るようになると教えられたのです!
 私は「不信仰の霊」は存在すると思います。私たちの家系に働く不信仰の悪霊は、私たちの人生から追い出されるべきだと思います。私たちは信仰を獲得する必要があります! 御ことばを聞くことによって、私たちの人生に信仰が働くようにする必要があるのです。私たちは、イエスの御国のことばを聞いていかなければなりません。この霊的な王国は、聖霊によってすでにこの地上に侵入しています。神の御国は、私たちの信仰と悔い改めによって経験することができるのです。
 どうして私たちが御ことばに留まることがそんなに重要なのでしょうか? 御ことばが私たちを信仰に押し留めてくれるからです。御ことばを通して神は私たちに約束してくださり、その御ことばを握り締めることによって、私たちは神の約束を宣言し続けていけるのです。御ことばはまた、私たちを信仰の行ないに導いてくれます。人々を助けるには、神の約束の御ことばを教えることが不可欠です。その約束が人々に信仰をもたらすからです。

宣言:私は、神の約束の御ことばを思い巡らすことによって、不信仰に打ち勝ちます。

今日の聖書通読箇所:朝・・・Uサムエル24章、ガラテヤ4章
              夜・・・エゼキエル31章、詩篇79篇
- 2006-09-26
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