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10月25日 愛のうちを歩み、神の臨在に生きる

私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。(Tヨハネ4:16)

 神は私たちがいつも神の臨在の中で生きることを願っておられます。神とともに歩むには、愛のうちを歩むことを学んでいかなければなりません。
 神は愛ですから、私たちが愛のうちを歩まないと、神の臨在を失ってしまいます。キリストが私たちのうちに来て住んでおられるのなら、神の愛はすでに私たちのうちにあります。ですから、愛のうちに歩むことは、キリストを信じる者であることのしるしなのです。
 Tヨハネ4:20には、「私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです」と書いてあります。私たちのうちに、また私たちを通して、神の臨在が絶えず現されていくには、愛が鍵となります。
 愛のうちを歩んでいると、私たちの心が神の愛で満たされていきます。神の愛が私たちのうちに注がれると、すべての恐れが消えてなくなります。Tヨハネ4:18では、「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです」と教えられています。
 すべての人が愛に飢え渇いています。私たちは神の愛のうちに歩むように創られました。聖書は神の愛を「全き愛」と呼んでいます。この世には、完全な愛がある人などひとりもいません。しかし、私たちが愛のうちを歩むことを選ぶなら、この完全な愛が私たちの心に与えられ、現れてくるのです。
 私たちが自分のうちに神の愛を感じているなら、それによって私たちのうちに神の臨在があることがわかります。私たちが神の愛を感じている時、すべての恐れが消え去ります。私たちが自分の創造主に愛されていることを実感する時、私たちは完全に神に依り頼むようになります。
 神の愛についての説教をどれほど聞いても、神の愛を信じる私たちの信仰が現実のものとならなければ意味がありません。神の愛は個人的に経験していくものです。私たちは、自分が本当に神に愛されていることを心の内側で経験していかければなりません。神の愛を自分の心の中で実感する必要があるのです。
 ローマ5:5には、「この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです」と書かれています。あなたも私も聖霊によって神の愛を受け取ったのです。私たちはこの愛を心のうちで経験していかなければなりません。この愛が心の中に現れると、私たちは突然、希望を抱くようになります。私たちが経験的に神の愛を知っているので、私たちの信仰が強められていくのです。今日、神の愛で満たしていただくように求めてください。期待を持って待ち望んでください。神の愛が必ずあなたの心に注がれます!

宣言:父なる神様、私は愛のうちを歩んでいきますから、あなたの完全な愛で私を満たしてください。

今日の聖書通読箇所:朝・・・U列王6章、Tテモテ3章
              夜・・・ダニエル10章、詩篇119篇1−24節
- 2006-10-24
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