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Osaka Shalom
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10月20日 私たちが静まって聞く時に神は教えてくださる

主よ。あなたの道を私に知らせ、あなたの小道を私に教えてください。あなたの真理のうちに私を導き、私を教えてください。あなたこそ、私の救いの神、私は、あなたを一日中待ち望んでいるのです。(詩篇25:4−5)

 神を待ち望むことは、私たちの魂が神と会話する時の姿勢に関して御ことばが教えている最も深い真理のひとつです。私たちが神を待ち望む時、神は御自身を現してくださり、御こころを教えてくださいます。そればかりでなく、神が約束されたことを私たちのうちに行なってくださいます。
 与えられた人生を生き抜くには、私たちは主を待ち望み、主から受け取ることを学ぶ必要があります。私たちがクリスチャン生活を送るうえでしなければならないことはどれも、神の臨在なしにはなし得ません。イエスのいのちが私たちのうちに、また私たちを通して現されていくには、私たちは完全にイエスに依り頼まなければならないのです。
 今まで、あなたには良い教師がいましたか? 黙って座って、教師の話を聞いているのは、あなたにとって楽しいことではありませんでしたか? でも、神は私たちを御前に座らせて、神の教えを聞くようにさせたいのです! イエスは、物事を行なうに当たって、御自分の方法を教えたいと思っておられるのです。
 イエスが私たちの教師であるなら、何が私たちの教科書でしょうか? 生ける神の御ことばです。神が私たちに教えたいと思っておられるのは、御ことばの真理です。聖書は経験につながる教科書として取り扱われるべきです。
 私たちが主を待ち望み、主に教えていただくなら、主は私たちが御ことばを経験するように導いてくださいます。神は私たちに頭だけの知識ではなく、経験に基づく知識と啓示を与えてくださいます。私たちが主の御前に静まる時を持てば持つほど、主は私たちが御ことばを経験する機会を与えてくださるのです。
 個人的に主と交わる時には、リラックスして愛の心を持って神のもとへ行くことが大切です。私たちが、神とともにいたいから、神の御声を聞きたいから、御前に来ることを神は望まれます。私たちが他のどんな宗教的な活動よりも神とともにいることを選ぶことを、神は望まれます。私たちは何よりもまず、神を喜び楽しむために召されているのです。神を知れば知るほど、私たちはこの暗闇の世界に神の光を解き放つようになっていきます。ですから、神の御前で静まり、神を待ち望み、私たちを神の愛で満たしていただきましょう。

宣言:主よ、私があなたを待ち望む時、あなたの道を教えてください。私はあなたをもっと知りたいのです。

今日の聖書通読箇所:朝・・・U列王1章、Uテサロニケ1章
              夜・・・ダニエル5章、詩篇110−111篇
- 2006-10-19
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