header header
spacer
spacer
spacer
Osaka Shalom
OsakaShalom.com
10月18日 すべてのきよいことに心を留めなさい

最後に、兄弟たち。すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。・・・そうすれば、平和の神があなたがたとともにいてくださいます。(ピリピ4:8、9b)

 きよいことや正しいことに心を留める者には、平和の神の臨在が約束されています。しかし、私たちが非聖書的なことや否定的なことに心を留めるなら、私たちは平和の神の臨在を失ってしまいます。
 神はきよさの中にしかとどまることができない方なので、私たちの思いもきよくあってほしいと願っておられます。神は、ほんの少しでも汚れたものがあるところにはとどまることができません。ですから私たちは、神の御前で自分の思いをきよく保つように細心の注意を払わなければならないのです。
 エレミヤ17:10で、神は、「わたし、主が心を探り、思いを調べ、それぞれその生き方により、行ないの結ぶ実によって報いる」と語っておられます。神は私たちの思いを調べられます。私たちの思いの領域は、神にとって非常に重要なものなのです。
 ローマ8:6〜8で、パウロは私たちの思いと聖霊の臨在の関係を説明しています。パウロは、「肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。というのは、肉の思いは神に対して反抗するものだからです。それは神の律法に服従しません。いや、服従できないのです。肉にある者は神を喜ばせることができません」と語っています。
 パウロは、もし私たちが神の御霊のことに自分の思いを向け続けるならば、私たちは神のいのちと平安にとどまることができると教えているのです。私たちが聖霊によって御ことばに絶えず思いを向けるならば、神の臨在にとどまることができるのです。
 神は聖なる方ですから、私たちも聖なる者とならなければなりません。神が御自分の栄光を携えて来てくださるのは、私たちが神のきよさの中で礼拝を捧げている時です。しかし反対に、もし私たちがきよいことに思いを向けていないのなら、神の臨在は去ってしまいます。
 あなたは、もっと神の臨在がほしいと願っていますか? もしそうであるなら、神があなたの思いを調べておられることをいつも意識していましょう。あなたの思いや考えが、あなたが神の臨在にとどまれるか否かを決めるのです。あなたの思いや考えをきよく保ち、平和の神に絶えず御自身を現していただきましょう!

宣言:主よ、私の思いをきよめてください。私の思いがあなたをお喜ばせすることができますように祈ります!

今日の聖書通読箇所:朝・・・T列王21章、Tテサロニケ4章
              夜・・・ダニエル3章、詩篇107篇
- 2006-10-17
header
header