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Osaka Shalom
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10月6日 神に近づこうではありませんか

また、私たちには、神の家をつかさどる、この偉大な祭司があります。そのようなわけで、私たちは、心に血の注ぎを受けて邪悪な良心をきよめられ、からだをきよい水で洗われたのですから、全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか。(ヘブル10:21−22)。

 神は御もとへ近づくようにと私たちを招いておられます。ヤコブは、「神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます」と私たちに命じています(ヤコブ4:8)。私たちが神に近づく時、神が私たちに近づいてくださるのです。神の臨在は、神に近づく者に現されるのです。
 私たちはどのように神に近づいて行ったらいいのでしょうか? まず第一に、私たちは真心をもって神に近づいて行かなければなりません。これは、私たちが神の臨在に入ることに真剣になることを意味します。真心とは、神を慕い求める心のことです。偽りの心とは、ある種の宗教的な行ないを義務感からする心のことです。私たちは、愛と信頼に満ちた心をもって、神に近づいて行かなければなりません。神はいつも私たちの心を求められます。そして、神を切に求めている人々を見つけたら、神は喜んで栄光をもってその人々に近づいてくださるのです。
 二番目に必要なのは、全き信仰の確信を持つことです。私たちは、「イエスの血が道を備えてくれたのだから、私は大胆に御座に近づくことができるのだ」と確信を持つ必要があります。信仰はイエスが十字架の上でなされたことを見て、その恵みを受け取ります。イエスの血が神の栄光に至る道を備えてくれたのです。
 三番目に必要なのは、私たちの心がきよめられることです。もし罪を犯したのなら、私たちはそれらを神に告白し、すべての不義からきよめていただく必要があります(Tヨハネ1:9)。神は、私たちが邪悪な良心を持つことがないように、きよめの方法を備えてくださいました。私たちが罪を告白するなら、私たちは赦され、きよめられるのです。神は私たちのすべての罪を赦してくださいます。主をほめたたえます!
 四番目に必要なのは、私たちのからだがきよい水で洗われることです。これは、私たちが神の御前に出る前に入浴しなければならないということではありません。私たちは御ことばの水の洗いを受けなければならないのです。御ことばは、私たちの思いや感情や意志を洗いきよめてくれる水なのです。御ことばは、私たちがきよい思いや考えを持つことができるように、私たちをきよめてくれます(エペソ5:26)。
 私たちがひたすら神を求めていくことを選び取るなら、神の臨在を楽しめるようになれます。あなたの心は神を求めて渇いていますか? 神の栄光の現れに飢え渇いていますか? 私たちが神を求めるなら、神を見出すのです(マタイ7:7)。ただ単に私たちの祈りのリストを神に差し出すのはやめて、神の栄光の現れを求めていきましょう!
 
宣言:父なる神様、私の心はあなたを求めています。私の心はあなたの栄光を見たいと切に願っています。

今日の聖書通読箇所:朝・・・T列王記9章、エペソ6章
              夜・・・エゼキエル39章、詩篇90篇

- 2006-10-03
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