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Osaka Shalom
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10月1日 神の臨在をいつも経験するには

それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。(マタイ28:19−20)

 イエスは私たちに、福音を宣べ伝え、弟子を作るように命じておられます。私たちがこの宣教命令に従っていくのに、どうしても必要なものが1つあります。それはイエスの臨在です。イエスの臨在がなければ、私たちはクリスチャン生活を送ることができなくなります。
 人間は神の臨在を知り、経験するために創造されました。アダムとエバは、神の命令に背くまでは神の栄光に覆われていました。神に背いた時、彼らは霊的に死んでしまいました。なぜ彼らは死んだのでしょうか? 彼らの心にあった神の臨在を失ったからです。神の臨在を失った彼らは、自分たちが裸であることに気づきました。彼らは、神の臨在という、自らを覆うものをもはや身にまとうことができなくなってしまったのです。
 その時以来、人間は皆、神の臨在を渇望してきました。私たち人間には霊があり、その霊が神の臨在を必要としているからです。私たちは皆、それぞれ個人的に自分の創造主である方を知りたいと思っています。神の臨在を感じ、神の御声を聞きたいと思っているのです。
 イエスは弟子たちに、いつまでも彼らとともにいると約束されました。天に帰ろうとしておられたイエスが、どうしてそのような約束をすることができたのでしょうか? そのために聖霊が下って来られることになっていたからです。
 イエスが地上におられる間、弟子たちはいつもイエスとともにいました。彼らは、弟子として召し出された時からずっと、人々に教えたり、しるしや奇蹟を行なったりする時はいつも、イエスとともにいました。ですから、イエスが弟子たちに御自分がこの地上を去ろうとしていることを伝えると、弟子たちはとても落胆しました。その彼らにイエスは聖霊のことを教え、彼らを励まされました。聖霊が弟子たちの心に来て住まわれたら、それは「わたしがあなたがたのうちにいることなのです」と、イエスは弟子たちに教えられたのです(ヨハネ14章、16章)。
 私たちは、いつも心にキリストの愛、平安、喜びを抱くことができます。私たちは、罪や病気、サタンに打ち勝つキリストの力を経験することができます。それなのに、なぜ喜びに満ちた勝利の生活を送っていないように見えるクリスチャンがいるのでしょうか? それは彼らが神の臨在をいつも経験していく術を知らないからです。いつもキリストを慕い求め、キリストにすべてを従わせていくなら、イエスの臨在を経験するようになるということを理解する時、彼らは再び神の臨在の中で喜びを味わうようになるのです。

宣言:イエス様、あなたがわたしのうちに生きておられ、いつも私とともにいてくださることを感謝します。

今日の聖書通読箇所:朝・・・T列王3章、エペソ1章
              夜・・・エゼキエル34章、詩篇83−84篇

- 2006-09-30
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