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Osaka Shalom
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11月21日 罪悪感に打ち勝つには

そのために、私はいつも、神の前にも人の前にも責められることのない良心を保つように、と最善を尽くしています。(使徒24:16)

 罪悪感とは、私たちが皆、人生の歩みの中で経験したことがあるものです。神が定められた人生の原則に従わずに罪を犯すと、私たちは良心に罪悪感を抱きます。その罪悪感を何とかしようとして、人は悔い改めに向かうか、あるいはさらに罪深い行ないをするようになります。この罪悪感は、心の病や不安感、偽善や恐れの根となります。
 心に罪悪感を抱くと、私たちは神経過敏になり、恐れを感じるようになります。いつも不安を感じているので、容易に落ち込んでしまいます。罪悪感があると、私たちは集中力を欠いてしまいます。さばきが来るのではといつも恐れているからです。うまく自分の罪を隠しおおせた場合は、私たちは偽善者になり、人をさばく態度を取ってしまいます。
 自意識過剰の人は罪悪感の問題を抱え込んでしまう可能性があります。そのような人は、誰かが自分の罪に気づくのではと恐れるあまり、人との距離を取ってしまいます。人に見つかるのではという恐れを持つと、人から、特に教会の人から身を隠そうとするようになります。
 セルフイメージが低い人もまた、この罪悪感の問題を抱えてしまう可能性があります。アダムとエバが神の命令に背いた時、彼らは恥意識を抱き、身を隠しました。彼らは急に否定的な感情を抱くようになりました。完璧な状態で生きていた彼らがそのような感情を抱くことは、それまでは全くありませんでした。私たちが神に従う時、私たちは肯定的な感情を抱きます。しかし、神に従わなければ、たちまち私たちは心が汚れたように感じ、自分が失敗者であるかのように感じるようになります。感謝なことに、私たちが失敗した時には神が私たちのところへ来てくださり、アダムとエバにしたように、私たちを探し、見つけ出してくださるのです。神は決して私たちを罪悪感を抱いたままになさいません。神は、私たちが赦しを経験し、うちにおられる御霊によって打ち勝つ生き方を身につけていくことを願っておられるのです。
 罪悪感に打ち勝つには、私たちは罪を犯した相手と和解しなければなりません。私たちがTヨハネ1:9の御ことばに従う時、ほとんどの場合、私たちの罪悪感は消えてなくなります。そこには、「もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます」と書かれています。
 私たちが自分の罪を神に告白するなら、神は私たちを赦し、きよめてくださいます。罪を告白した後は、私たちは神を信頼し、御ことばに従えるようになります。あなたは赦され、きよめられています。この御ことばを信じて歩んでください。そうすれば感情は後からついてきます。もし誰かに対して罪を犯したのなら、その人のところへ行って、和解する必要があります。その人にあなたがしたことを告白し、それから神の御もとへ行き、赦しを求めてください。もし自分を受け入れられないのなら、自分を赦すことが必要です。自分を赦された者として見ることができるようになってください。また、神はすでにあなたの罪を忘れておられることも知ってください。ですから、もうそれ以上自分を責めないでください!

宣言:私は自分の罪を告白したので、もう罪悪感はありません。私には平安があります。

今日の聖書通読箇所:朝・・・T歴代16章、ヤコブ3章
              夜・・・オバデヤ1章、ルカ5章
- 2006-11-20
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