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Osaka Shalom
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11月13日 怒りはその問題に立ち向かわせる

悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。ただ、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えなさい。(エペソ4:29)

 怒りを感じたならば、ほとんどの場合、私たちはその原因となっている問題に立ち向う必要があります。私たちは自分の怒りの感情にふたをするべきではありません。そうしたところで、その問題を解決するのに何の役にも立たないからです。私たちがその問題にどのように立ち向かうかによって、結果が違ってきます。私たちは、問題解決に役立つようなことばを用いていくべきなのです。
 私たちは、何とかして解決を見出そうとする思いをもって問題に立ち向かわなければなりません。自分を怒らせた問題ではありますが、もし私たちがその問題の解決を見出そうとしないなら、その怒りを爆発させるか、怒りをうちに溜め込むかになってしまいます。私たちはその問題について相手と話し合い、すみやかに解決していく必要があります。その話し合いの時は、とげとげしいことばを用いることをせず、愛をもって意思疎通を図らなければなりません。
 家の中では、日が暮れるまでに怒りの問題を解決することが非常に大切です。家庭は、いつも愛と喜びがある、平穏な環境であるべきです。しかし実際に問題が生じたら、私たちの家庭では何が起きているでしょうか? 子どもが反抗的になったら、私たちはどうしているでしょうか? もし自分の配偶者が、主が喜ばないことや、家庭に平安をもたらさないことをしていたら、どうしているでしょうか? 私たちは、状況が変わるまで憤りをもって行動し、その問題について話し合うべきなのです。
 私たちの神経に障るような些細な事も多くあることを、どうか理解してください。そのようなことの多くは、愛を持って見過ごすべきです。些細なことが気になって、いちいち取り上げて話し合おうとする人もいますが、私たちは本当に取り上げる必要がある問題だけに集中していかなければなりません。すべての話し合いは、愛をもって、赦す心でなされるべきです。私たちが腹を立てている相手を攻撃したところで、何の解決にもなりません。私たちは、何が自分を怒らせているのか、また自分の怒りの感情の背後にある動機はどのようなものかを知る必要があります。また、その動機が自己中心的ではないことを御ことばによって確認する必要があります。自分の動機が自己中心的なものではないと確信できたら、今度は愛をもって相手と話し合いをしていく必要があります。
 親が自分の子どもに対して怒りをもって接することは許されているのでしょうか? 多くの人が「問題解決はその当人に任せるべきだ」という嘘を信じているのは、悲しむべきことです。神でさえ、そんなことはなさいません。神も私たちを訓練してくださっているのに、私たちが自分の子どもをしつけなくていいのでしょうか? 聖書は、もし私たちが自分の子どもをしつけないのなら、私たちはその子を愛しているのではなく憎んでいるのだと教えています(ヘブル12:4−11)。聖書は私たちに、自分を訓練してくれる人に敬意を払いなさいと教えています。ですから、不義に対して怒り、その問題を解決するために、愛のことばをもって問題に立ち向かっていきましょう。

宣言:私は、愛のことばをもって状況を正し、問題解決に向かいます。

今日の聖書通読箇所:朝・・・T歴代1−2章、ヘブル8章
              夜・・・アモス2章、詩篇145篇
- 2006-11-11
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