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Osaka Shalom
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11月9日 あなたが失敗しても神は愛してくださる

私の子どもたち。私がこれらのことを書き送るのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。もしだれかが罪を犯したなら、私たちには、御父の御前で弁護してくださる方があります。それは、義なるイエス・キリストです。この方こそ、私たちの罪のための、――私たちの罪だけでなく全世界のための、――なだめの供え物なのです。(Tヨハネ2:1−2)

 あなたが罪を犯しても、神は決してあなたのことをあきらめないと知っていましたか? あなたが失敗し、しくじった時でさえ、イエスはあなたを愛しておられます。イエスは私たちが罪のない歩みをすることを望んでおられますが、たとえ私たちが罪を犯してもイエスの愛は変わることがありません。だからこそ、罪を犯した時には、私たちは悔い改めの心を持って、恐れずにイエスのところへ行くべきなのです。
 罰を恐れることは、決して良いことではありません。私たちは、新生すれば、突然、完全にきよい生活を送れるようになると思ってしまいますが、実際はそうではありません。私たちは自分がしたくないことをしてしまうものです。そして、実際に自分がしたくないことをしてしまったら、私たちは心が苛まれ、神はもう自分を愛してくれないと思い込み、父なる神から離れて行ってしまうのです。しかし、そのような時こそ、私たちは、新生した後に犯してしまう罪に関して御ことばが語っている真理を正しく理解する必要があります。
 聖書は私たちには天において弁護してくださる方がいると教えています。イエスはすでにこの世のあらゆる罪のために死んでくださいました。私たちの過去の罪ばかりでなく、現在の罪やこれから犯す罪のためにも死んでくださったのです。イエスはすべてのことを負ってくださいました。私たちの罪の代価はすでに支払われています。私たちと交わることができるように、神は私たちのためにできることはすべてしてくださいました。イエスが私たちのために弁護してくださるという真理は、非常に重要な真理です。私たちの信仰は、イエスが私たちのためにすでにしてくださったことに置かれるべきです。
 私たちが誰であり、何をするかにかかわらず、神は私たちを愛しておられるということを信じなければ、私たちは自分は受け入れられていないという恐れを抱いてしまいます。拒絶感を抱き、自分は重要な人間でないと感じてしまいます。これらの思いによって、私たちは非常に傷ついた感情を抱いてしまう可能性があります。根深い不安定感や怒りを生み出してしまうのです。ですから、私たちは、神はいつも私たちを愛しておられることを知り、いつも神との交わりを楽しむようになる必要があります。
 あなたは罪を犯した時、どこへ行きますか? 失敗した時、誰のところへ行きますか? そのような時こそ、あなたはイエスのところへ行くべきです。イエスはあなたを赦し、続けてあなたと交わろうと待っておられます。あなたが失敗した時、イエスは天において、あなたの過去、現在、未来のすべての罪の代価は支払われたと宣言しておられます。イエスが必要としておられるのは、あなたの罪の告白だけです。ですから、自分の罪を告白してください。そして、あなたは赦されていることを、イエスがすべての不義からあなたをきよめてくださったことを信じ、受け入れてください(Tヨハネ1:9)。あなたの父なる神はあなたを愛しておられます!

宣言:私の神は私を愛しておられます。私は受け入れられています。神は慈しみをもって私を導いてくださいます。

今日の聖書通読箇所:朝・・・U列王22章、ヘブル4章
              夜・・・ヨエル1章、詩篇140−141篇
- 2006-11-08
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