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Osaka Shalom
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11月6日 あなたは肉の欲望を満足させることはない

私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。(ガラテヤ5:16)

  聖書は、私たちはどのような肉の欲望にも勝利して歩むことができると教えています。どうすれば、そのようにできるのでしょうか? 御霊によって歩めばいいのです。私たちが御霊によって歩むとはどういうことなのかを理解できたら、私たちは必ず勝利します。
 では、御霊によって歩むとは、どういうことなのでしょうか? 御霊によって歩むとは、聖霊の臨在の中を歩み、生きることです。それは、私たちの霊に住んでおられる御霊に服従して生きることを意味します。聖霊に完全な主導権を持って私たちの人生を導いていただくことを意味するのです。
 「歩む」とは、ただ座って待っていることではありません。私たちの霊的成長を阻むものの1つに、「受身的な思い」が挙げられます。私たちが積極的に自分の思いを用いていないと、多くの面で欺かれてしまいます。私たちはいつも聖霊と一緒に考えていかなければなりません。歩むことは、走ることとも異なります。主のためとは言え、私たちがイエスとの関係を楽しめなくなるほど働きすぎることは、御こころではありません。イエスのくびきは負いやすく、イエスの荷は軽いのです! イエスとともに働く時、イエスは私たちに安息をも与えてくださいます。
 御霊によって歩むとは、御霊に導かれることです。ローマ8:14には、「神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです」と書かれています。私たちは、御霊に導かれる時に限って、御霊とともに歩むことができます。聖霊は御ことばをもって私たちを導こうとされます。私たちは、御ことばの真理によってのみ、導かれていくのです。もしサタンの偽りによって導かれていくなら、間違った道を歩むことになります。もし私たちのうちに御ことばがなければ、勝利の人生を歩むために生まれてきたのにもかかわらず、そうできなくなってしまうのです。
 では、私たちが御霊に導かれているかどうかは、どうしてわかるのでしょうか? 私たちの行ないを見れば一目瞭然です。もし私たちが愛、喜び、平安、親切心を持って生きているなら、私たちは御霊に導かれているのです(ガラテヤ5:22)。しかし、もし私たちが何かに怒っていたり、争い事を抱えているなら、私たちは肉に従って歩んでいるのです(ガラテヤ5:19−21)。
 神は、私たちが肉の行ないから解放されて、心に良い思いを抱いて生きることを願っておられます。神は、私たちが神の御前できよく生きる喜びを経験することを願っておられます。ですから、私たちが肉に従って歩んでいる時は、そのような行ないを引き起こした動機を悔い改め、御ことばの真理に従って思考することを学ぶ必要があります。非聖書的な思いや考えを聖書的な思いや考えに置き換えるようにしていかなければならないのです。私たちの思考パターンを変えることは、神の御霊の力を受けて歩んでいくのに重要な鍵となります。

宣言:私は御霊によって歩んでいます。私は御霊に導かれています。いつも御ことばの真理が私を導いています。

今日の聖書通読箇所:朝・・・U列王19章、ヘブル1章
              夜・・・ホセア12章、詩篇135−136篇
- 2006-11-06
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