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Osaka Shalom
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5月14日 夢と幻

『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。(使徒2:17)

 私たちは昨日、聖霊によって一瞬のうちに見せられる幻について学びました。幻には他のタイプのものもあります。そのひとつが、穏やかでありながら強い印象を持つ内なる幻です。この幻は、単なる一枚の絵ではなく、何かの出来事が起きている様子を筋書き通りに見ていくというものです。あなたの心のスクリーンに映し出される短編映画とも言えるでしょう。この幻は邪魔が入ることで容易に中断してしまうので、見ている人は充分に注意を払う必要があります。
 その他に‘オープン・ヴィジョン’と呼ばれるものがあります。この幻は、霊において見るものではなく、実際肉眼で見るもので、何かに妨げられて中断してしまうことはありません。あなたが車を運転していたり、ジョギングしている時でさえも見ることができる幻です。このオープン・ヴィジョンは、映画館のスクリーンに映し出されたシーンを見ているようなものです。同時に複数の人々が見ることもある幻です。
 ある時、私はある友達と一緒に祈っていました。すると私たちは神の臨在の中へ入っていきました。私たちはただ、その臨在を楽しんでいました。その時、その友達と私は思わず「十字架が見える!十字架が見えるよ!」と叫び出しました。私たちは同時に、イエスが十字架で死んでいく姿を見たのです。主が私たちに見させてくださったこのすばらしい経験の後、私たちは何時間も泣き続けていました。
 夢も神が私たちに語られる時に用いられる一般的な方法です。聖書の中で、神は御自分が夜の間も私たちに語られる方であると教えておられます。夢は本来、将来起こることを簡単な方法で示すものです。神がこれから起こることを私たちに教えてくださるのは、私たちが何をすべきで、何をすべきでないかがわかるようになるためです。夢には何かを象徴的に表わすものもあり、それには解釈が必要です。そのためには祈り、主を求める時間が要ります。その解釈をしてもらうために誰か他の人のところに行くのには、絶えず危険が伴います。神は私たちに象徴的に語られることが多いので、私たちはもっと神とともに時間を過ごさなければなりません!神はあなたとの交わりを必要としておられ、それを求めておられます。神が夢や幻を通してあなたの注意を引くのは、あなたがすべきことをするようになるためです。そのためには、あなたが時間を捧げて主を求めることが必要です。もし夢の解釈のことで、主が誰かに質問することを許されたのなら、そのようにしたらよいでしょう。しかし、その際には、必ず教会のリーダーたちの権威の下にあり、御ことばを理解している人のところへ行くようにしなければなりません。
 夢には、御使いや主の夢もあります。主が夢の中に現われて、私たちに語ってくださるのです。御使いも神のことばを伝えに来ます(創世20:3、31:24、1列王3:5−15、マタイ1:20、2:12−13)。ですから、寝ている間に見る夢に注意を払っていきましょう。

宣言:私は夢を見る人です。寝ている間も主に語っていただきたいです。主よ、夜の間も私に語ってください!

今日の聖書通読箇所:朝・・・民数23章、詩篇64−65篇
              夜・・・イザヤ13章、1ペテロ1章
- 2006-05-13
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