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Osaka Shalom
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5月7日 知識のことばの賜物

しかし、みなの益となるために、おのおのに御霊の現われが与えられているのです。ある人には御霊によって知恵のことばが与えられ、ほかの人には同じ御霊にかなう知識のことばが与えられ、・・・(1コリント12:7−8)

 神は私たち全ての者に、愛を求めるのと同様に預言することを熱心に求めなさいと命じておられます(1コリント14:1)。神は私たちが他の人々のために神の声を聞くことを追い求めるようにと願っておられるのです。他の人々のためにどのように神から聞けばよいのかを御ことばから学ぶにつれて、神がどのように私たちに個人的に語られるのかも理解するようになっていきます。神はすでに賜物を与えてくださっています。それらは賜物であって、努力して得るものではありません。パウロが教えているように、もし私たちがそれらの賜物を渇望するなら、受け取り、経験できるのです。
 神が私たちに語られる最初の方法は、知識のことばです。それはどのようなものでしょうか?私たちが自分の知性や観察ではわかり得なかった、人や場所、できごとに関する特定の事実を明らかにするものです。これによって、あなたは突然、ある人やある物事に関して、何かがわかるようになるのです。それは、ある人の名前や仕事、誕生日や生い立ちなどかもしれません。それは、情報として来るもので、人に方向性を与えるものではありません。
 サマリヤの女性に語りかけた時、イエスはその女性に夫が5人いたこと、その時一緒にいた男性とは結婚していなかったことを知っていました。イエスがこのことを彼女に告げたところ、彼女はイエスを神の預言者だと認めました。神が自分に語っておられるのだとわかったのです。それが彼女の心を捉えたのです。この知識のことばを聞いた女性は、急いで自分の町に戻りました。そして、そのサマリヤの町でリバイバルが起きたのです(ヨハネ4:16−42)。
 私たちは、知識のことばが‘ことば’であることをしっかり理解する必要があります!それは短くて、的を射たことばなのです。ある時、私はある人のために祈っていました。祈り始めると、その人には2人の子どもがいることや、その子どもたちの性別がわかったのです。もし私が誰かにどうしてそんなことがわかったのかと聞かれたら、とにかくわかったのだと答えるしかなかったことでしょう。これは、その人に質問すれば得ることができた情報なのでしょうが、その後、私がその子どもたちのために知恵のことばを受け取った時、それが神からのものであることをその人が確認するのに大いに役立ったのです。このように、知識のことばは人々の心を捉えます。そしてその後、その状況に対する神の知恵が与えられるのです。でも、これが声ではなく、知識であることを覚えていてください!あなたは何かが‘わかる’のです。つまり、それはあなたの思いの領域に来るのです。あなたの心には、キリストの御思いがあるのです!

宣言:私のうちには神の御霊がおられるので、知識のことばの賜物は私のうちにあります。

今日の聖書通読箇所:朝・・・民数15章、詩篇51篇
              夜・・・イザヤ5章、ヘブル12章
- 2006-05-06
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