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Osaka Shalom
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5月5日 御霊のことばとは何か

この賜物について話すには、人の知恵に教えられたことばを用いず、御霊に教えられたことばを用います。その御霊のことばをもって御霊のことを解くのです。(1コリント2:13)

 パウロはこの所で、自分は霊的なことばをもって霊的な真理を理解していると教えているのです。この霊的なことばは、人の知恵によってわかるというものではありません。知性で理解しようとしてもできるものではないからです。霊的なことばは、聞くことによって理解するものなのです。では、霊的なことばとはどのようなものでしょうか?御霊が語ることばです。御霊が語ることばは霊的であり、私たちのことばとは異なるものです。
 14節では、御霊を持たない人は御霊のことが受け入れらないと言われています。それを理解することができないからです。神は霊ですから、神を理解しようとすることはできません。エペソの1:18でパウロは、信者の心の目がはっきり見えるようになって、自分の召しや受け継ぐべきもの、復活の力を経験的に知ることができるようにと祈っています。あなたは自分に4つの目があることを知っていましたか?この箇所では、私たちには心の目があると言われています。心とは霊があるところです。心とは御霊が住まわれるところです。私たちが神の御思いを受け取るのは、この心においてなのです。霊には肉体と同様に五感があります。見たり、聞いたり、嗅いだり、触ったり、感じたりできるのです。私たちは自分の霊でキリストの心に触れるのです。
 私たちは、心の目ではっきり見えるようにならなければなりません。それは私たちの霊に啓示が来ることを意味します。ですから、それは人のことばのようなものを媒介にして来るのではありません。超自然的な理解として来るのです。一瞬のうちに、あなたがそれまで自分の知性でなんとか理解したいと思っていたことがわかるようになるのです。あなたは‘わかる’のです。突然、ある人のために祈るべきだとわかるのです。突然、ある人に電話して励ます必要があるとわかるのです。突然、自分がいるどうしようもない状況から何とかして抜け出す必要があるとわかるのです。突然、自分が神に愛されていることがわかるのです。この‘霊的にわかる’ということは、‘霊的に見る’ということと同じです。
 私たちに霊の目があるので、霊的なことばが見えるのです。御ことばの中にキリストが見えるのです。2時間以内に自分がすべきことが見えるのです。これからの10年間に自分が何をするのかも見えるのです。私たちは霊的な思いや考えを持つことによって、神が見ておられるものが見えるようになっていきます。ですから、誰かと話していると、その人が何をすることができるかが見えるのです。その人のことをあまり知らなくても、その人が持つ可能性が見えるのです。それは神から来た想像力です。そして、私たちが見るものに、私たちはなっていくのです。

宣言:私は霊的存在です。私は霊において見たり、聞いたり、嗅いだり、触ったり、感じたりします。私は24時間、霊で神を経験することができます。

今日の聖書通読箇所:朝・・・民数12-13章、詩篇49篇
              夜・・・イザヤ2章、ヘブル10章
- 2006-05-02
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