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5月1日 わたしの羊はわたしの声を聞き分けるとイエスは言われた

わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。そして彼らはわたしについて来ます。(ヨハネ10:27)

 キリストを主として、救い主として心に受け入れると、私たちはキリストの羊となり、キリストは私たちの羊飼いとなってくださいます。羊飼いが羊の群れを導くように、イエスも日々、私たちを導きたいと願っておられます。イエスは私たちが御声を知り、御声に聞き従って、御自分が一人一人のために計画された豊かな満ち足りた人生を送ることを願っておられるのです(ヨハネ10:10)。
 今日、多くのクリスチャンが神はもう語っておられないと信じています。しかし、聖書は、神は黙して語っておられないのでも、耳が遠くて聞こえないのでもないと教えています。神はきのうも、今日も、いつまでも同じです。私たちに与えられた聖書は、神は依然として変わらない御方で、私たちは今、さらにまさる新しい契約に入れられていると教えているのです。聖霊は天におられるのではありません。キリストを受け入れた人々のうちにおられるのです。私たちは神と和解しています。私たちは神の子どもであり、神は私たちの父なる方なのです。私たちは神を‘お父さん!’と呼ぶこともできるのです。モーセやアブラハム、ダビデ、エリヤよりも神と親しい関係にあるのです。聖霊が彼らの中に住まわれることは一度もなかったのです。
 これらの旧約時代の英雄たちは神の御声を聞いていました。神のいやしや力を経験していました。神のすばらしい奇跡を目撃しました。モーセは、親しい友人であるかのように神に語りかけていました。彼らは神を知っていました。現在の私たちはどうでしょうか?私たちは古い契約にまさる契約に与かっているのですから、御声を聞くことや、神のいやしの力を経験することについて、もっとすばらしい証しがあって然るべきなのです!
 新しい契約は、イエスの死、復活、昇天、栄化によって生じた変化を示すために、私たちに与えられました。イエスは私たちに父なる神を示すために来られました。私たちは、神がどういう御方で、何を好まれ、何を厭われるかを知っています。新約聖書を読むことによって、自分がキリストにあって何者であるかも知っています。私たちは神の義となりました。私たちは聖徒です。祭司であり、王です。いかなる罪も、病も、呪いも、悪魔でさえも治める権威を持っています。私たちはキリストとともに御座に着いています。キリストとの共同相続人です。これらはどれも、すばらしい啓示です。しかし何よりも、私たちは新生して神と和解したことを忘れてはいけません。私たちが神に語りかけ、御声を聞くことによって毎日を楽しむのは当然のことなのです。私たちにはキリストがおられます!キリストの御声や臨在を経験することができるのです!

宣言:イエス様、あなたは私の羊飼いで、私はあなたの羊です。私があなたの御声を聞き分けられることを感謝します。

今日の聖書通読箇所:朝・・・民数8章、詩篇44篇
              夜・・・雅歌6章、ヘブル6章
- 2006-04-30
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