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Osaka Shalom
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3月18日 人を赦さないことはあなたの魂に苦痛を与える

こうして、主人は怒って、借金を全部返すまで、彼を獄吏に引き渡した。あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天のわたしの父も、あなたがたに、このようになさるのです。(マタイ18:34−35)

 イエスは、なぜ私たちが人を赦さなければならないのかを説明するために、譬え話を用いられました。このしもべは、2050万ドルもの自分の借金すべてを免除されたのにもかかわらず、自分から12,5ドルを借りている人に出会った時、その人がその借金を返せないという理由で、首を絞めて、牢に入れたのです。この話を通してイエスは、神が十字架の上で御子によってなしてくださったことに比べると、私たちが人を赦すことなど無きに等しいものであるということを教えておられるのです。イエスはすべてを支払ってくださいました。イエスは私たちの過去、現在、未来の罪のために、すでに代価を払ってくださったのです。私たちは罪を告白して、受け取るだけでいいのです。なんと驚くべき恵みでしょうか!しかし、私たちは時々この恵みを忘れてしまっているのではないかと思います。
 このしもべは、人を赦さなかった結果、どうなったのでしょうか?彼は獄吏に引き渡され、苦痛を味わうことになったのです。この獄吏とは悪霊のことです。もし私たちが人を赦さなければ、悪霊が私たちの魂や、時々からだにまでも苦痛を与えることがあるのです。マタイ6:14、15で、イエスは「もし人の罪を赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたを赦してくださいます。しかし、人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの罪をお赦しになりません。」と言われました。
 もし私たちが人を赦さないなら、神も赦してくださらないと神は語っておられます。これは、私たちが霊的な覆いと油注ぎを失うことを意味します。そうなれば、悪霊は私たちに近寄り、私たちを苦しめることができるのです。悪霊がもたらす苦痛には、憎しみや怒りなどがあります。イエスが私たちを赦してくださったので、私たちも人を赦さなければなりません。私たちはまず、知性において赦す必要があります。それから、聖霊に傷ついた心をいやしていただくのです。どのようにすれば、そうできるのでしょうか?赦すべき相手のために祈るのです。イエスは、自分の敵のために祈りなさいと命じられました(マタイ5:44)。もし自分の敵が飢えているなら、食べる物を与えなければなりません(ローマ12:20)。もし自分で復讐したいと思うなら、神の怒りに任せなければなりません(ローマ12:17−19)。自分の敵を主に委ねて、彼らに祝福があるように祈りましょう。その人々の悪口を言わないようにしましょう。私たちはゴシップを言うのではなく、祈るように命じられているのです。

宣言: 私は、主の御名によって、(その人の名前)さんを赦します。父なる神様、この人を祝福してください。主よ、あなたがなされたいことをこの人にしてください。父なる神様、私の心の傷をいやしてください。感謝します!

今日の聖書通読箇所:朝・・・出エジプト29章、ヨハネ8章
              夜・・・箴言5章、ガラテヤ4章
- 2006-03-17
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