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Osaka Shalom
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3月10日 呪いと祝福―あなたはどちらを選びますか?

見よ。私は、きょう、あなたがたの前に、祝福とのろいを置く。もし、私が、きょう、あなたがたに命じる、あなたがたの神、主の命令に聞き従うなら、祝福を、もし、あなたがたの神、主の命令に聞き従わず、私が、きょう、あなたがたに命じる道から離れ、あなたがたの知らなかったほかの神々に従って行くなら、のろいを与える。(申命記11:26−28)

 呪いと祝福、どちらが聞こえがいいですか?私たちはみな、呪いとは何であるかについては、すでに理解していると思います。しかし、神がくださる祝福については、もっと理解する必要があると思います。神は、私たちをすべての呪いから解放したいと願っておられます。それによって、神の祝福が私たちや子どもたちに流れ始めるようになるからです。
 申命記28章には、呪いとは何であるかが教えられています。暴力、早すぎる死、病気、干ばつ、欠乏、怒り、破滅状態、敗北、国外追放、貧困、恥などが挙げられています。これらは、15節から68節に書かれているものの要約にすぎません。もしこのうちの何かが私たちの人生に起きているなら、イエスの血潮と御名によって、その状態から解放されることは可能です。しかし、これらの呪いが入ってくる扉を開いてしまうのは、私たちの不従順であることをよく理解する必要があります。これらの呪いは3代、4代に至るまで受け継がれていく可能性があります(出エジプト20:4−6)。自分の両親や先祖が犯した過去の数々の罪を悔い改めることは、とても重要です。それが、私たちの人生に留まり続け、人生を破壊する合法的な権利を持つ呪いを取り除くことになるからです。
 主がくださる祝福は、いのち、健康、繁栄、満ち溢れた豊かさ、尊敬されること、そして安全であることです。神の祝福とは、聖霊の臨在です(ガラテヤ3:14)。どうすれば、この神の祝福を招き入れる扉を開けることになるのでしょうか?第一に、悔い改めとイエスの血潮によって、呪いを取り除くことです。次に、神に従う歩みをし始めることです。そうすれば、祝福は私たちに流れて来るようになり、また、私たちを通して、他の人々に流れて行くようになるのです。

宣言:私は今日、いのちと祝福を選び取ります。私は私の先祖や私自身が犯したすべての罪を悔い改めます。私は、御ことばと神の御声に従う歩みをしていきます。祝福を流していきます!

今日の聖書通読箇所:朝・・・出エジプト21章、ルカ24章
              夜・・・ヨブ39章、2コリント9章
- 2006-03-08
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