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Osaka Shalom
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6月30日 宗教の霊に打ち勝つ方法―ステップ4

さばいてはいけません。さばかれないためです。・・・偽善者たち。まず自分の目から梁を取りのけなさい。そうすれば、はっきり見えて、兄弟の目からも、ちりを取り除くことができます。(マタイ7:1,5)

 宗教の霊から自由になるには、私たちは人をさばかないことを選び取らなければなりません。イエスは「さばいてはいけません」と言われました。もし私たちが人をさばくなら、ここではっきり命じられていることに逆らうことになるのです。私たちがパリサイ人のようにならないためには、人をさばく習慣から抜け出す必要があるのです。
 宗教の霊は絶えず人の欠点を探し出そうとします。宗教の霊を持つ人は、絶えず人々の目からちりを取り除く機会をうかがっています。でも、自分の目には梁があることには全く気づいていません。しかも梁があるので、何一つ正しく見えていないのです!
 イエスはここで、他の人を助けることができるようになるには、私たち自身が正しく物事を見られるようになる必要があると言われたのです。私たちは主の愛と恵みに満ちた目をいただかなければなりません。「恵み」です!
 神は恵みによって人々の人生に働かれます。人々が悔い改めることができるように、御自分のすばらしさを現わしたいと願っておられます。多くの場合、クリスチャンたちは、神はさばくことによって人々を悔い改めへと導かれると思ってきました。神は御自分のすばらしさを啓示することによって、人々を悔い改めへと導かれます。神は、正しい人にも悪い人にも太陽を昇らせる方です。神は人々を愛しておられます。神は慈しみ深い方ですから、人々を御自分のもとへ来させたいと切に願っておられるのです。神は愛と慈しみに満ちた方です!(ローマ2:4)
 神は、私たちが人を責めるのではなく、人のためにとりなすことを願っておられます。イエスは今もすべての人のためにとりなしておられます。イエスはさばきを求めて祈っておられるのではありません。御自分の十字架の犠牲によって与えられる祝福が人々に下るように祈っておられるのです。神はすべての人が救われることを願っておられます。すべての人が祝福されることを願っておられます。すべての人が癒され、神の平安を楽しむことを願っておられます。
 では、悪魔は何をしているのでしょうか?絶えず人を責めて立てているのです(黙示12:10)。悪魔は兄弟姉妹の告発者です。悪魔は人を非難し、責め立てます。憐れみや恵みのひとかけらもなく、容赦なく人をさばきます。時おり、私たちも同じようなことをしていないでしょうか?
 私たちは、人を責めて、死の力を解き放ってしまう罠に容易に陥ってしまう可能性があります。ですから、いつも人々のためにとりなすことを心がける必要があります。大祭司であるイエスは、御座からいのちと何一つ欠けることのない満ち満ちた祝福を解き放っておられます。神の信仰と祝福を宣言しておられるのです。いつも勝利を宣言しておられるのです。
 あなたはどちらの働きに加わりたいですか?キリストの働きですか?悪魔の働きですか?誰もがキリストの働きに加わりたいと答えるでしょう。しかし、もし私たちが兄弟姉妹を非難したり、責めていたら、悪魔の油注ぎを解き放っていることになるのです。ですから、人をさばかないようにしましょう。さばきは真実で恵み深い裁判官である方に委ねましょう。あなたや私は裁判官ではありません。私たちは、祈りと愛によって人々を助ける者なのです。

宣言:私は今日、人をさばかないことを選び取ります。キリストのミニストリーのうちを歩むことを選び取ります。私がこれまで他の人に宣言した責めることばをすべて破棄します。主よ、真実で正義を行なう裁判官であるあなたに取って代わろうとしたことを悔い改めます。今日、すべての人を祝福します。

今日の聖書通読箇所:朝・・・ヨシュア2章、詩篇123−125篇
              夜・・・イザヤ62章、マタイ10章
- 2006-06-28
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