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Osaka Shalom
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6月20日 神は何と言っておられますか?

『私たちが、先祖の時代に生きていたら、預言者たちの血を流すような仲間にはならなかっただろう。』と言います。こうして、預言者を殺した者たちの子孫だと、自分で証言しています。(マタイ23:30−31)

 宗教の霊は、キリストのからだが神の御声を理解するのを嫌がります。宗教の霊は、クリスチャンが神と関係を持つことを望みません。宗教の霊は、私たちがクリスチャンのふりをしていれば満足なのです。
 宗教の霊は、絶えず教会から預言的なものを締め出そうとします。宗教的なあり方そのものが、預言的なものと相容れないからです。クリスチャンが神の御声を聞き始めると、すべきだと思う事に縛られた生き方から解放されていきます。毎日、主が自分に何をすることを望んでおられるかを聞いて生活するようになります。自分に与えられた召命やミニストリーを見出すようになります。どのように諸問題から抜け出したらよいのかがわかるようになります。どのような悪霊が自分に立ち向かってきているのかがわかるようになります。
 宗教の霊は、神は聖書を通して語るべきことはすべてもう語られていると私たちに思わせてきます。私たちにキリストを啓示し、私たちをキリストに導いてくれる聖書が与えられていることを神に感謝します。しかし、聖書は、私たちが神とともにどのようなことを経験できるのかも教えてくれています。聖書は、私たちが神の御声を聞くことができると教えています。私たちが神に質問することには何でも答えたいと神は思っておられます。神は私たちを無視したりなさいません。私たちの声に耳を傾け、御自分の知恵を与えてくださるのです。
 では、教会員に神の御声を聞かせることができない教会があるのは、なぜなのでしょうか?人をコントロールしたり、自分の思うままに操りたいという問題がそこにあるのです。未知のことに対する恐れも、特に宗教的なリーダーたちにあります。 もし教会のリーダーが神の御声を聞いていなければ、教会員が御声を聞き始めても、指導者に理解してもらうことは期待できません。教会員が御声を聞き始めたら、教会のリーダーではなく神のところへ行くようになります。リーダーよりも神のほうがずっと多くのことを知っていると気づくようになるからです。
 神の御声を聞くことは、他のものを寄せ付けない宗教の霊の独立志向の面とは正反対のものです。私たちが神の御声が聞けるからといって、誰の助けも借りずに生きられるわけではありません。私たちは、結婚や転職、転地などの大きい決断に関して神から聞いていることについて、神が立てられた権威者に相談に行くことが許されています。リーダーから知恵を得る必要がある事は他にもあるでしょう。しかし、最終的に問われるのは、「主があなたに語っていることについて、あなたはどう思うか?」なのです。もし主があなたに語っておられ、それらの事についてあなたに確信があるなら、最終的には自分で神の御こころを選び取らなければなりません。教会のリーダーが言えるのは、「神の祝福がありますように」ということだけなのです。
 あなたは毎日、誰に導かれて生きていますか?知恵を得るために、誰のところへ行きますか?誰の承認が必要ですか?問題がある時、誰のところへ行きますか?これらの質問の答えはすべて、イエス・キリストなのです。私たちはまずイエスのところへ行き、イエスに助け導いていただかなければなりません。イエスがあなたの真の羊飼いなのです(詩篇23篇)。

宣言:主よ、私は日々、あなたの御声に導かれていきたいです。今日あなたが語っておられることを知りたいです。

今日の聖書通読箇所:朝・・・申命記25章、詩篇116篇
              夜・・・イザヤ52章、黙示22章
- 2006-06-14
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