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Osaka Shalom
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6月1日 宗教は人を殺すが、関係は人を生かす

こうしてあなたがたは、自分たちが受け継いだ言い伝えによって、神のことばを空文にしています。そして、これと同じようなことを、たくさんしているのです。(マルコ7:13)

 イエスはいつも特定の人々との間に問題を抱えていました。パリサイ人、サドカイ人、律法学者と呼ばれていた人々です。彼らは何世代にも亘って受け継がれてきた規律や規則を守り続けていた人々でした。彼らは皆、その規律書に書いてあることを正確に行なう義務を負っていました。このような人々が、イエスが弟子たちとともにミニストリーを始めた時の教会のリーダーでした。イエスが他からどのように見られているかなどあまり気にしなかったので、そのリーダーたちはイエスのすることに反対してきました。イエスは父なる神を愛していましたから、心から神に従っていたのです。宗教的なリーダーたちが規則を与えて人々を従わせていた時に、イエスは愛をもたらしていたのです。
 マルコ7章のこの話の中では、弟子たちが食事の前に手を洗わなかったと記されています。彼らは慣習となっていた、食事の前に手を洗う儀式的な行ないをしなかったのです。パリサイ人と律法の教師たちは、なぜ自分たちが行なっていることをイエスの弟子たちがしなかったのかと詰め寄りました。イエスは彼らが宗教的であることに気づいてほしかったので、直答を避けられました。彼らは神が定められたのではない規律に従っていたのです。イエスは彼らを「偽善者」と呼ばれました。
 クリスチャンはこの偽善と戦わなければなりません。それが宗教の霊から来ているからです。したいからではなく、しなければならないから何かをする、祈る、というのが偽善です。私たちは神に従いたいから従うのであって、そうしなければならないからではありません。しなければならないことばかりをしていて、全く信仰生活を楽しめていないクリスチャンがいます。神は、私たちが神をとても愛しているので神が要求されることなら何でもするようになることを望んでおられます。偽善には‘仮面をかぶる’という意味があります!あなたは仮面をかぶっていませんか?クリスチャンのように見え、クリスチャンのような匂いがしていても、主イエス・キリストと本当の交わりを持っていないということがあるのです。あなたはどうでしょうか?キリスト教は宗教ではありません。あなたを創られた神との生きた交わりが、キリスト教です。あなたは神を知るために生まれてきたのです!

宣言:主よ、私はあなたを知りたいです。あなたを経験することに情熱を注いでいます。私の心はあなたを慕い求めています!

教の聖書通読箇所:朝・・・申命記5章、詩篇88篇
            夜・・・イザヤ33章、黙示3章

- 2006-05-30
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