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Osaka Shalom
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7月28日 人を癒す食事

ですから、ひとりひとりが自分を吟味して、そのうえでパンを食べ、杯を飲みなさい。 みからだをわきまえないで、飲み食いするならば、その飲み食いが自分をさばくことになります。そのために、あなたがたの中に、弱い者や病人が多くなり、死んだ者が大ぜいいます。(1コリント11:28−30)

 イエスは、御自分が私たちのために成し遂げられた御わざを記念するために、一つの食事の儀式を定められました。パンとぶどう酒はイエスのからだと血を表わしています。このキリストのからだと流された血潮によって、私たちは神と和解したのです。私たちは神と契約を結んでおり、その恩恵には健康も含まれています。
 コリントには、イエスの血潮によって受け取ることができるはずの癒しを経験できずにいたクリスチャンたちがいました。からだが弱っていたり、病気になったり、早死にする人もいたのです。このようにイエスが買い取ってくださった癒しの力を経験できずにいた人々を、パウロはここで叱責しているのです。
 では、その人々のどこが悪かったのでしょうか?コリントの教会のクリスチャンたちには分裂の問題がありました。彼らは御霊の賜物の現われを多く経験していましたが、お互いに対する愛が欠如していました。中には教会の指導者たちに従っていなかった人もいたことでしょう。不道徳な生活を送っている人たちもいました。彼らの愛と従順の欠如が、癒しの流れを止めてしまっていたのです。
 聖餐式のパンとぶどう酒をいただく時は、私たちは自分が愛のうちを歩み、キリストのからだに従順であるかどうかを自己吟味しなければなりません。私たちは権威の秩序を守っているでしょうか?誰に対しても愛をもって接しているでしょうか?他の人のことを配慮しているでしょうか?教会の他のメンバーを祝福したいと心から願っているでしょうか?神の癒しの力を受け取るのに妨げとなっているものをすべて取り除けたら、私たちは癒され、健康を維持することができるのです。
 癒しは私たちのために備えられていますが、罪、反抗、不法、不親切などの問題があるなら、癒しを受け取ることはできません。さばかれないように、まず自分をさばきましょう。病気やわずらいをもたらす悪魔に対して扉を開けないようにしましょう。愛と聖さのうちを歩むことによって、健康を維持していきましょう。病気をもたらそうとする悪魔にどのような機会も与えないようにしましょう。もし罪を犯したのであれば、それを告白し、イエス血潮の力によって洗いきよめていただかなければなりません。キリストにある兄弟姉妹を愛しましょう。争いは悪魔に向かって大きく扉を開いてしまいます。愛のうちを歩み、いやし主に向かって扉を開いていきましょう!

宣言:私はすべての罪と不親切を悔い改め、愛のうちを歩むことを選び取ります。私は争いを憎みます。

今日の聖書通読箇所:朝・・・士師記11章12-40節、使徒15章
              夜・・・エレミヤ24章、マルコ10章
- 2006-07-27
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