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Osaka Shalom
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7月13日 癒しを受け取り、持続させるには(2)

ですから、あなたがたは、互いに罪を言い表わし、互いのために祈りなさい。いやされるためです。義人の祈りは働くと、大きな力があります。(ヤコブ5:16)

 あなたは癒されたいですか?この聖句は、私たちがお互いに罪を言い表わすなら、癒されると教えています。ヤコブがこの手紙を書いたクリスチャンたちは、お互いにある問題を抱えていました。彼らは争い合っていたのです。教会の指導者たちに反抗的な人もいました。彼らがそのように愛と赦しのうちを歩んでいなかったので、使徒ヤコブはそれを喜ばしくは思っていませんでした。
 なぜ私たちはお互いに罪を言い表わさなければないないのでしょうか?イエスがそれを命じられたからです。マタイ5:23−24には、「だから、祭壇の上に供え物をささげようとしているとき、もし兄弟に恨まれていることをそこで思い出したなら、供え物はそこに、祭壇の前に置いたままにして、出て行って、まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。それから、来て、その供え物をささげなさい。」と書いてあります。
 イエスは、私たちが和解する必要がある人とはきちんと和解することを望んでおられます。そのような人にきちんと罪を告白しなければ、私たちが神の御前へ行き、神から受け取ることができないからです。人との間に争いがあると、私たちは癒しが受け取れなくなります。もしあなたがその人の所へ行き、和解しようと試みたものの、その人が和解することを拒んだのなら、もうそれ以上、あなたにできることはありません。
 私たちが赦しと愛のうちを歩んでいるなら、私たちは義人の祈りを捧げることができます。すべての罪を神に告白し、お互いに告白し合うことによって、私たちがきよめられているなら、私たちの祈りは力強く効果的なものになります。反対に、私たちが他の兄弟姉妹との関係において平和のうちを歩んでいないのなら、私たちが癒しのために捧げる祈りには力がなくなるのです。
 あなたは誰かと争っていませんか?すべての人を赦していますか?自分の敵のために祈っていますか?私たちは、敵に対しても愛のうちを歩まなければなりません。もしあなたが誰かと和解する必要があるのなら、できるだけ早くそうするべきです。でなければ、神の御前に出て、祈りを捧げ、その答えをいただくことができなくなります。神は愛のうちを歩んでおられます。ですから、私たちもそうすべきなのです。

宣言:私はお互いに罪を告白し合うことを選び取ります。そうすれば、お互いのために祈ることができます。また私の祈りも力強く効果的なものになっていきます。

今日の聖書通読箇所:朝・・・ヨシュア18−19章、詩篇149−150篇
              夜・・・エレミヤ9章、マタイ23章
- 2006-07-12
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