header header
spacer
spacer
spacer
Osaka Shalom
OsakaShalom.com
7月11日 イエスは病気の呪いをその身に負われた

主は、疫病をあなたの身にまといつかせ、ついには、あなたが、はいって行って、所有しようとしている地から、あなたを絶滅される。主は、肺病と熱病と高熱病と悪性熱病と、水枯れと、立ち枯れと、黒穂病とで、あなたを打たれる。これらのものは、あなたが滅びうせるまで、あなたを追いかける。(申命記28:21−22)

 神がイスラエルと契約を結ばれた時、神は彼らが毎日どのような生活を送るのかを自分で決める必要があると語られました。もし彼らが神の命令に聞き従うなら、神は彼らを祝福すると約束されました。しかし、もし彼らが聞き従わないなら呪いを経験するようになるということも、神はこれらの旧約時代のクリスチャンたちに語られました。神が彼らの人生のあり方を決めたのではありませんでした。彼らは、従うか従わないかによって、自分が経験したいことを自分で選ぶことが許されていたのです。
 今日の聖句を読むと、神は私たちを呪われる方なのだと思うかもしれませんが、それは真実ではありません。私たちが神との契約に同意し続けるのをやめると、神はわずらいや病気が生じるのを許されるのです。罪は呪いに対して扉を開いてしまいます。私たちが不従順によって扉を開けっ放しにしておくと、肺病や熱病や申命記28章に記されている他の病気が悪魔から私たちに解き放たれてくるのです。従順こそが私たちの人生に益をもたらすのです!
 神の祝福は天から来ますが、呪いは悪魔から来ます。どちらを選ぶかは私たち次第です。私たちは、神に聞き従って神の守りを得るか、不従順によって神の守りを失うか、どちらかを自分で選べるのです。
 なぜ病んでいるクリスチャンがいるのでしょうか?御ことばを告白しているのに癒されない人がいるのはなぜでしょうか?神に従っていないということがその理由として考えられます。もしかしたら彼らは罪やこの世を楽しんでいるのかもしれません。この世を愛することが、私たちから神の愛や守りを遠ざけてしまっていることもあり得るのです。この世にあるものを愛するとは、目の欲、肉の欲、暮らし向きの自慢を意味します(1ヨハネ2:15−17)。この世の物事はイエスから来ているのではないのです。
 もし私たちが不従順になってしまっていたら、どうすればよいのでしょうか?良い知らせがあります。イエスは律法の呪いをその身に負ってくださいました(ガラテヤ3:13−14)。私たちの罪はイエスの血潮によって赦されるのです。私たちの罪によって招いた呪いも、イエスの血潮によって取り除かれるのです。私たちの病気が先祖の犯した罪の結果である可能性もあることを忘れてはいけません(出エジプト20:1−6)。悔い改めることによって、私たちは自分の人生からすべての呪いを取り除くことができます。それにより、呪いを打ち砕くことができるからです。わずらいも病気も私たちにふさわしくありません。イエスの血潮はすべての呪いを取り除く権利を私たちに与えてくれているのです。

宣言:今、私は自分の人生からすべてのわずらいや病気の呪いを取り除きます。私は律法の呪いから贖い出されています。

今日の聖書通読箇所:朝・・・ヨシュア14−15章、詩篇146−147篇
              夜・・・エレミヤ7章、マタイ21章
- 2006-07-08
header
header