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Osaka Shalom
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7月10日 あなたには癒しのしるしが伴います

信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。(マルコ16:17−18)

 私たちがキリストを信じれば、しるしは後からついて来ます。そのしるしのひとつは、病人に手を置けば病人は癒されるということです。私たちにはキリストにあって病人を癒す能力が与えられているのです。
 このしるしは、どうすれば起こるのでしょうか?まず第一に、信仰を働かせる必要があります。これらのしるしは御ことばを信じる者のためにあります。あなたはすべてのクリスチャンに信仰があると思っているかもしれません。立場的にはそれは真実です。確かにすべてのクリスチャンに信仰があります。しかし、だからといって、彼らが自分の信仰を働かせているというわけではないのです。信仰はいつも信じていることに基づく行ないを生じさせます。病人に手を置く時に病人は癒されると信じているので、私たちはそれを行なうのです。
 イエスは人々に手置いて、癒しを行なわれました。使徒の働きには、弟子たちもそのように病人に手を置いたことが記されています。手を置くことは重要です。そうすることで、私たちのうちにある油注ぎが祈られている人に解き放たれていくからです。
 私たちは聖霊の宮ですから、イエスの癒しの油注ぎは私たちのうちにあります。祈られている人が信仰によってその祈りを受け取る時は特に、私たちのうちにある癒しの油注ぎが解き放たれていきます。祈っていると、この油注ぎを感じる時があります。感じない時もありますが、それでも、あなたは霊において、癒しの油注ぎがその人の中に入っていっているのがわかるのです。
 信仰によって行動しなければ、しるしを見ることはありません。私たちが福音を語る時には、これらのしるしが伴うようにしなければなりません。イエスは私たちを通して、人々を癒し、解放したいと願っておられます。御自分がすべての人々のいやし主であることを知ってほしいと願っておられます。悪魔は私たちを抑圧する者ですが、イエスは私たちのいやし主なのです。

宣言:私が主を信じ、癒しを信じているので、私には癒しのしるしが伴います。

今日の聖書通読箇所:朝・・・ヨシュア12−13章、詩篇145篇
              夜・・・エレミヤ6章、マタイ20章
- 2006-07-08
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