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1月13日のデボーション

1月13日        キリストを受け入れて特権を手にする

しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。(ヨハネ1:12)

 聖書が言う「イエスを信じる」とは、何を意味するのでしょうか?この聖句では、キリストを心に受け入れることだと教えています。キリストを受け入れると、私たちは神の子どもになります。「神の子どもとされる特権を受けた」と、ここで語られています。多くのクリスチャンは特権を受けたと教えられると、少し驚きます。というのは、クリスチャンは自分の権利をすべて放棄し、人生に起こることはすべて無条件で受け入れなければならいという宗教的な教えを聞いているからです。人生に起こるすべてのことは神のみこころだと教えられているのです。ですから、人生に立ちはだかる罪や病気、あらゆる悪しきことを受け入れてしまうのです。
 この教えは聖書的ではありません。神のみことばは、私たちが手に入れることができるものについてはっきり教えています。私たちはキリストのようになれます。私たちには罪や病気、サタンに打ち勝つ権威があります。もし私たちの人生に起こるすべてのことが神のみこころなら、なぜイエスはこの地に来て、人々の置かれている状況を変革したのでしょうか?なぜ嵐を静めたのでしょうか?もし病気が神のみこころなら、なぜイエスは病人をいやしたのでしょうか?なぜイエスは精神的な問題がある人々を解放したでしょうか?なぜ人々から悪霊を追い出したのでしょうか?この地上には別の強い勢力が働いています。ですから、私たち聖徒は自分に与えられた特権を知らなればなりません。私たちはどんな罪の習慣からも自由になれます。私たちには、サタンが引き起こしたあらゆる否定的な状況から自由になれる特権があります。病気は神のみこころではありません。貧困も神のみこころではありません。何かを恐れながら生きることもそうです!私たちの模範はキリストであることをはっきり理解しましょう。イエスは試みを受けましたが、みことばを宣言することによって勝利しました。あなたは、悪魔が引き起こしている否定的な状況に向かって、みことばを宣言していますか?悪魔ではなくキリストを、あなたの人生にお迎えしましょう。悪魔は招かれざる客なのです!

宣言:私には神の子どもとしての特権があります。イエス様が私の従うべき模範です。ですから、イエス様がこの地上でされたことは、私も同じようにできると宣言します。今日、私は悪魔が私にもたらしたものをすべて拒否します。そしてキリストにある満ち満ちた豊かさを受け取ります。

今日の聖書通読箇所:朝・・・創世記14章、マタイ13章
              夜・・・ネヘミヤ3章、使徒13章
- 2006-01-07
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