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1月4日のデボーション

1月4日          人は不従順によって死んだ

神である主は、人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ。」(創世記2:16-17)

 なぜ神は彼らに選択の自由を与えたのでしょうか?もし彼らにその選択の機会がなければ、この世界はこんなにひどい状態になっていなかったでしょう。でも、神はロボットではなく、心から御自分を愛する者を創りたかったのです。神は人に御自分を愛することを強要なさいません。それはコントロールです。神は私たちに選択する自由をお与えになります。私たちが不従順ではなく従順を選ぶ時、それによって神は、私たちがこの世のいかなる誘惑(心が惹かれるもの)にもまして御自分を愛していることをお認めになるのです。
 神はアダムに、もし善悪の木から取って食べたら必ず死ぬと語られました。しかし、アダムは罪を犯しても、まだ生きていました!では、神は何のことを言われたのでしょうか?神が死ぬと言われたのは、霊のことでした。アダムの霊が死んだので、彼の肉体も死んだのです。アダムの霊は神の臨在で満ちていましたが、彼が神のことばに背いた時、その臨在はなくなってしまいました。アダムの霊は神の栄光を失いました。彼は神の宮であることをやめてしまったのです。彼はその心に平安も愛も持つことができなくなってしまいました。そして、神に関することはすべて、彼のからだの外のことになりました。旧約時代には、神の霊が人々に臨んで、ある一定の期間、その人々に力を与えることがありましたが、それは、彼らのうちに神の霊が宿り、神の栄光がとどまったということではありませんでした。
 ローマ8:10で、神は「もしキリストがあなたがたのうちにおられるなら、からだは罪のゆえに死んでいても、霊が義のゆえに生きています。」と語っておられます。私たちが心にキリストを迎え入れた時、神の霊が私たちのうちに来て住んでくださいます。神の栄光、神の義、神の力、神の愛が私たちのうちにとどまるのです。私たちの肉体はいずれ死ぬでしょうが、霊は生き続けます。私たちは神の宮なのです(1コリント6:19)。あなたの存在は肉のからだだけではないことを知っていましたか?あなたが死んだら、肉体は地に帰りますが、霊はキリストのもとへまっすぐに行くのです。あなたは霊的な存在なのです!あなたは魂も持っています!あなたは肉体の中に存在しているのです!キリストが私たちのうちに住んでおられるので、私たちが人生で必要なものはすべて私たちのうちにあることをはっきり理解しましょう。私たちはキリストを受けたのです!ですから、いつも喜び、感謝しましょう!

宣言:父なる神様、私の霊が生きていることを感謝します。アダムが失ったものをイエス様が私のために取り戻してくださいました。私は神の宮です。聖霊様の愛、力、健康、平安、喜び、忍耐が私の心にあります。私は目に見えるものではなく、私のうちにおられるキリストに目を向けることを選び取ります。イエス様が私の信仰の創始者であり完成者であることを宣言します。

今日の聖書通読箇所:朝…創世記4章、マタイ4章
          夜…エズラ4章、使徒4章
- 2005-12-31
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