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Osaka Shalom
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2月13日 異言は預言につながる

私はあなたがたがみな異言を話すことを望んでいますが、それよりも、あなたがたが預言することを望みます。もし異言を話す者がその解き明かしをして教会の徳を高めるのでないなら、異言を語る者よりも、預言する者のほうがまさっています。(1コリント14:5)

 私たちが異言で祈ると、聖霊が私たちの思いに御自分が祈っておられることを語り始められます。聖霊は神の御こころを祈っておられるので、私たちが御こころを教えてくださいと主に願い求めると、聖霊がそれを語り始められるのです。聖霊は、どのようにそれをされるのでしょうか?私たちに神の御思いを与えてくださるのです。異言は、私たちがわからないことを祈るのにとても役に立つものですが、あなたや他の人々に関する神の御思いを受け取るのに本当に重要な役割を果たします。異言は決して自己中心的なものであってはなりません。私たちは、他の人々への励ましのことばを受け取るべきなのです。
 人々が異言を語る時はいつでも、他の人々を祝福していました。異言は啓示を呼び起こします。私たちは、それを人々の人生に向かって語ることができるようになるのです。また、人々の人生にどのような悪霊が働いているのかを見分けることができるようになります。何が問題を引き起こしているのかを理解すると、私たちは、その力を縛り、いやしと解放をもたらすことができます。私たちはみな、預言することを熱心に求めるべきです(1コリント14:1)。大牧者に従う者として、私たちはその方の声にいつも耳を傾けるべきです。異言は、他のすべての賜物に扉を開く鍵です。異言で祈る時間を持って、神の御思いに耳を傾けていきましょう。

宣言:私は神様の御思いを知りたいと切に願っています。神様は、私が異言や預言を語ることによって、人々に語りたいと願っておられます。私は他の人々を祝福するために生きます。

今日の聖書通読箇所:朝・・・創世記46章、マルコ16章
              夜・・・ヨブ12章、ローマ16章
- 2006-02-11
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