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Osaka Shalom
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12月10日 天が閉ざされたら何をすべきか?

もし、わたしが天を閉ざしたため雨が降らなくなった場合、また、いなごに命じてこの地を食い尽くさせた場合、また、もし、わたしの民に対して疫病を送った場合、わたしの名を呼び求めているわたしの民がみずからへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求め、その悪い道から立ち返るなら、わたしが親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地をいやそう。(U歴代7:13−14)

 天が閉ざされたら何が起きるのでしょうか? 雨が降らなくなります。いなごがその地の人々を食い尽してしまいます。疫病も発生し、人々を苦しめます。私たち神を信じる者が神の御ことばに従って歩んでいないと、神は天を閉じてしまわれます。その結果、私たちが蒔いた種は成長しなくなり、私たちが収穫を得ることはなくなります。
 天が開かれていないと、私たちのあらゆる手のわざの上に神の祝福を受け取ることができなくなります。私たちの手のわざとは何でしょうか? それはこの世のすべての創られた者に福音を宣べ伝えることです。私たちはこの主の働きのために召されています。クリスチャンは皆、この世に対してキリストの証人となるべきです。そうすれば、多くの人々をイエス・キリストのもとへ導くことができるようになるのです。私たちのわざが御霊の雨によって祝福されていないなら、私たちは悔い改めて、神を求め始めなければなりません。
 いなごは悪魔の働きのひとつの型です。天が閉じられると、悪霊たちがやって来て、私たちの手のわざをすべて食い尽くしてしまいます。私たちが何度御ことばを宣べ伝えても、収穫を得ることがなくなるのです。神は、私たちがこの状況が一変するのを経験することを願っておられます! 私たちが御もとへ来て、祈りと礼拝の中で神を慕い求め始めることを願っておられます。私たちが自分勝手で反抗的な悪い道から立ち返ることを願っておられます。私たちが純粋な心で、義への飢え渇きをもって、神の御もとへ戻って来ることを願っておられるのです。
 今日のクリスチャンが疫病を経験することはあるでしょうか? 私たちの神に対する心が冷たくなり、神のいのちが私たちを通して流れなくなったら、私たちは霊的な疫病を患うようになると私は思います。そうなると、私たちの内側が死に始めます。私たちが主に仕え、失われた魂をキリストのもとへ導く喜びを失っているなら、私たちの内側は死んでいっているのです。私たちは毎日、いのちと喜びに満ち溢れて生きるべきです。そのためにはどうしたらいいのでしょうか? 祈りや礼拝を捧げ、神を慕い求める必要があります。自分の罪から立ち返り、天が開かれて神の祝福が流れ始めるまで、神を礼拝し、賛美する必要があるのです。
 私たちのミニストリーのあらゆる面で、増加をもたらす神の祝福が働いていなければなりません。神の恵みが私たちに満ち溢れて、私たちがすべての良いわざのためにあらゆる霊的祝福を受け取れるようになる必要があるのです(Uコリント9:8)。私たちの地に豊かに降り注ぐ雨が必要なのです! 私たちが蒔いた福音の種が成長し、収穫の時期を迎える必要があるのです! ですから、雨が降るように祈りましょう! 神が立ち上がってくださり、いなごを殺してくださるまで、礼拝を捧げ、神を慕い求めていきましょう!
 
宣言:父なる神様、私たちはへりくだってあなたに立ち返ります。収穫のために雨を降らせてください!
 
今日の聖書通読箇所:朝・・・U歴代10章、黙示1章
              夜・・・ゼパニヤ2章、ルカ24章
- 2006-12-09
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