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Osaka Shalom
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12月7日 神の祝福が増加を生み出す

私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。それで、たいせつなのは、植える者でも水を注ぐ者でもありません。成長させてくださる神なのです。(Tコリント3:6−7)

 聖書がリバイバルについて教えていることを学ぶにあたって、私たちのクリスチャン生活にとって神の祝福とは何を意味するのかを理解する必要があります。神の祝福とは、私たちが繁栄する力をいただくということです。その繁栄は、ただ経済的な祝福を受けるだけではありません。繁栄には霊的な祝福も含まれています。そして、霊的な祝福の中にはリバイバルも含まれているのです。神は、私たちが祝福を受けて、周りの人々を祝福する者になることを願っておられます。私たちが失われた魂を救うことにおいて成功するための力を受ける時、リバイバルは始まります。聖霊が来られた時に私たちにもたらしてくださったのは、この神の祝福なのです。
 私たちが失われた魂にイエスの福音の種を蒔き、御ことばの教えをもって水をやり続けると、神がそれを成長させてくださいます。私たちの教会を成長させることができるのは、神だけです。神の教会の成長をもたらすために私たちがすべきことは、御ことばを語り続けること、教え続けること、そして神の祝福を信じる信仰を解き放つことなのです。
 使徒2章には、神の御霊が注がれた後、信者たちが御霊に満たされたことが記されています。彼らは御霊に満たされた時、他国のことばで話し出し、神の不思議(「大きな御わざ」)を宣言しました(使徒2:11)。彼らはその後、周りにいた人々にイエス・キリストの福音を宣べ伝え始めたのです。ここでは御霊に満たされたしるしが異言で祈ることではなかったことを心に留めておいてください。それは、語っている本人が理解できない他国のことばで御ことばを語ることだったのです。しかし、それを聞いていた人々は、彼らが語っていることを理解することができました。説き明かしの賜物は全く必要がなかったのです。
証する力が私たちを通して流れて行くようになるまでは、私たちが御霊に満たされているとは言えません。私たちが失われた魂に全く証していないのなら、間違いなくそれは、リバイバルが必要であるというサインです。私たちが失われた魂に福音の種を蒔くことができるように、御霊が私たちを満たしてくださいます。福音の種が蒔かれていなければ、御霊はそれを成長させることもできないのです。
 リバイバルを経験したペテロは、力に満たされて御ことばを語り始めました。聖霊に満たされた時、彼の人に対する恐れがなくなりました。ペテロがこのように神の祝福を受けた結果、何が起きたのでしょうか? 3千人が心を突き刺されて、イエス・キリストを受け入れたのです。そこには講壇への招きも、聞く人々の感情を揺さぶるような賛美もありませんでした。人々は御霊の力によって罪を自覚したのです。御霊が私たちを通して働かれる時、人々は神と正しい関係を持つ必要を感じるようになります。あなたはもっと多くの魂が救われるのを見ていきたいですか? 神は増加を生み出したいと願っておられます!

宣言:もっと多くの魂がイエスのもとへやって来ます! そうです、もっと多くの魂です! 

今日の聖書通読箇所:朝・・・U歴代7章、Uヨハネ1章
              夜・・・ハバクク2章、ルカ21章
- 2006-12-05
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