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Osaka Shalom
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12月5日 神は御わざを行ないたいと願っておられます!

主よ。私はあなたのうわさを聞き、主よ、あなたのみわざを恐れました。この年のうちに、それをくり返してください。この年のうちに、それを示してください。激しい怒りのうちにも、あわれみを忘れないでください。神はテマンから来られ、聖なる方はパランの山から来られる。その尊厳は天をおおい、その賛美は地に満ちている。(ハバクク3:2−3)

 リバイバルという主題を学ぶにあたって、私たちはその働きをするのは誰であるかを認識する必要があります。大いなる魂の収穫を見たいと思うなら、私たちは、神が失われた魂を救い、病人を癒す働きをされる場所を用意していかなければなりません。
 ハバククは2章14節で、「まことに、水が海をおおうように、地は、主の栄光を知ることで満たされる」と述べています。ここで宣言されているのが「主の栄光を知ること」であることを心に留めておきましょう。
 神の栄光が訪れた時、人々は自分の肉の働きを続けることができなくなったり、神が願っておられることを行なうために超自然的な油注ぎを受けたりしたことが聖書に記されています。神は御霊の力によって、私たちに命じておられることを行ないたいと願っておられます。神は私たちを通して、失われた魂を救うという御自分のわざを行ないたいと願っておられるのです。
 ハバククは神の良い評判を聞きつけました。私たちはどうでしょうか? 私たちも同じように見聞きしています! 私たちは聖書の中に神の働きを見ることができます。これまでに起こった力強いリバイバルの話を聞いたり読んだりもしています。今でも私たちは、神がある国々で多くの人々を救っておられる話を耳にします。神はえこひいきをなさる方でしょうか? 神には予定表があるのでしょうか? それとも、神に私たちの人生や家庭、私たちが住んでいる町や国でも御わざを行なっていただくために、何か私たちができることがあるのでしょうか?
 ハバククはまた、神の御わざを恐れたと述べています。私たちもそうです! 聖書の中に登場する人々の人生に神がなされた御わざを見、教会の歴史の中で行なわれた数々の御わざを見ると、私たちは神に畏敬の念を抱きます。神は力強く働かれる方です。神こそが失われた魂に罪を悟らせることができる方です。神こそが、人々がキリストにある真理を慕い求めるようにできる方です。神は、私たちができないことをなさる方です。私たちは御ことばを宣べ伝え、病人に手を置くことはできます。しかし、しるしと不思議をもって御ことばと私たちの行ないを確かなものとしてくださるのは、神御自身なのです。
 神がしてくださることがわかったら、私たちは次に何をしたらいいのでしょうか? 神の御わざを経験していない時は、私たちはどうしたらいいのでしょうか? 私たちはハバククのように祈らなければならないのです。私たちは、「この年のうちに」(訳注:英語訳聖書では「私たちの時代に」)、神がその御わざを繰り返してくださるように祈る必要があるのです! 今日にでもしてくださるように祈る必要があるのです! 私たちは、「この年のうちに」神が御わざを示してくださることを信じなければなりません。神が私たちをも憐れんでくださることを信じなければなりません。何もかもがひどい状況にあると思える時こそ、神がその憐れみを解き放ってくださり、失われた魂を救ってくださる時なのです。罪が満ちるところには、それにまさる神の恵みが溢れているのです!

宣言:主よ、今日、あなたの御わざを繰り返してください! 今日、あなたの御わざを示してください!

今日の聖書通読箇所:朝・・・U歴代5-6章11節、Tヨハネ4章
              夜・・・ナホム3章、ルカ19章
- 2006-12-04
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