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Osaka Shalom
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12月4日 神は御霊を注がれる

『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。・・・しかし、主の名を呼ぶ者は、みな救われる。』(使徒2:17,21)

 神は、失われた魂を救う働きをするために御霊を与えてくださると約束しておられます。悔い改めと信仰によって天が開いたら、私たちは御霊の御わざを経験していくのです。
 御霊が働かれると、人々がキリストへ導かれていきます。御霊は人々がイエスに目を留め、イエスの御名を呼ぶようにしてくださいます。私たちの力では、誰ひとりとして救うことはできません。私たちが福音を語るなら、聖霊がしるしや不思議をもって御ことばの確かさを証ししてくださるのです。
 御霊が注がれたら、天には不思議なわざが、地にはしるしが起こると聖書は語っています。私たちが主のしるしや不思議を見ることができるように、主は御自分の栄光を解き放ちたいと願っておられるのです。
 地上のすべての人が教えを聞くこと以上のものを必要としています。人々は皆、生きておられるキリストと出会わなければなりません。神は存在すると信じている人は皆、真の神を経験する必要があるのです。聖霊の臨在の中へ入ると、人々は心から「確かに神があなたがたの中におられます」と言わずにはおれなくなります。
 真の教会が、少し教えを聞いて、少し歌を歌って、それで家へ帰るというような所であったことは一度もありません。教会は神の家です。神の臨在が感じられ、経験できる所です。私たちに神の臨在を現すのは聖霊の働きです。聖霊が教会の集会に来られると、臨在の現れがあります。ひとつも現れがないなら、おそらく神はそこにはおられないと言ってもいいでしょう。
 黙示3:20で、イエスは教会の戸の外に立って叩いておられます。その教会の人々は、集会にキリストの生き生きとした臨在を経験することがありませんでした。私たちが失われた魂が救われ、病人が癒されるのを見たいのなら、イエスに私たちの集会に来ていただく必要があります。神が御自分の教会に来られる時には、そこにいる人々に真の回心が起こることでしょう。なぜなら、彼らが自分の罪をはっきりと悟るからです。人々は神の臨在を経験し、イエスの御名を呼んで祈るようになるのです。
 あなたは、自分の家族が救われることを願っていますか? あなたの町や国の人々が神の御手の下で罪を自覚するようになることを願っていますか? 私たちは神の臨在を渇望しなければなりません。私たちの家族や町々、国々の救いのために、私たちが信仰をもって神の栄光を待ち望むようになっていかなければならないのです!

宣言:私は、神が私の町や国の上に御霊を注いでくださっていることを信じます!

今日の聖書通読箇所:朝・・・U歴代3-4章、Tヨハネ3章
              夜・・・ナホム2章、ルカ18章
- 2006-12-03
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