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8月21日 福音書に記されているイエスは繁栄していたのがわかりますか?

そしてその家にはいって、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた。(マタイ2:11)

 東方の博士たちがやって来て、宝の箱を開けた時から、イエスは裕福になりました。この「宝の箱」ということばは、‘宝が詰まった(複数の)袋’とも訳せます。その宝がどれほどの価値がある物かわかりませんが、ヨセフとマリヤが幼子のイエスを連れてエジプトへ逃げるのに役に立ったに違いありません。それは長旅で、しかも彼らは、おそらく仕事がない状態で、しばらくエジプトに滞在しなければならなかったのです。このように最初から、神は彼らの必要を満たすために備えておられました。
 ミニストリーの3年間、イエスは召し出した12人の弟子たちを連れて旅をされました。弟子たちはいつも、イエスがミニストリーする所へついて来ていました。イエスは、御自分だけでなく弟子たちの面倒も見なければならなかったのです。そのために必要なお金はどこから出ていたのでしょうか?
 ルカは、イエスにはミニストリーのパートナーが多数いたことを教えてくれています。イエスや弟子たちをサポートしていたのは、マグダラのマリヤ、ヘロデの執事、ヨハンナ、スザンナやその他の多くの人々でした(ルカ8:1−3)。これらの人々はみな、自分の財産をもってイエスのミニストリーを支えていたのです。
 イエスはカペナウムに家を所有していました(マタイ4:12−13、9:1、マルコ2:1)。イエスには故郷がありました。イエスは弟子たちに、自分には枕する所もないと言われましたが(ルカ9:58)、文脈全体を読むと、イエスはここで、自分の使命を果たすために絶えず忙しく移動していることを言っておられるのがわかります。イエスは、自分の家が天国にあることを御存知だったので、地上のどこかで安住しようという思いが全くなかったのです。
 神は絶えずイエスやその他の人々の必要を満たしておられました。税金がない時には、魚の口から金が出てくるという方法によって、必要なお金を備えられました(マタイ17:24−27)。四千人から五千人以上の群衆のために食べる物が必要な時には、神の奇蹟を起こす力が働いて、それらの人々の必要を満たしたのです(マタイ14:15−21、15:32−39)。
 イエスは貧しい人々を助けることもなさいました。ユダが金入れを預かっていたと聖書に記されています。ユダは会計係だったのです(ヨハネ12:6)。彼らは、この金入れから食べる物を買って、貧しい人々に与えていました(ヨハネ13:27−29)。
 ヨハネ12:8で、イエスは、「あなたがたは、貧しい人々とはいつもいっしょにいるが、わたしとはいつもいっしょにいるわけではないからです。」と言っておられます。イエスは自分が貧しいとは言っておられません。イエスはここで、貧しい人々と御自分をはっきり区別しておられます。
 ヨハネ12章で、イエスは、‘一年分の給料’に相当するものを捧げた女性の行為に反対なさいませんでした。ユダはそれを無駄遣いだと思いましたが、イエスはそうではありませんでした。もしイエスが貧しかったのなら、一年分の給料に相当する額の香油が御自分の足に注がれた時、イエスもお金のことを心配されたことでしょう。自分に欠けるものはなく、そればかりか他の人々に分け与える余裕がある時、私たちは繁栄していると言えるのです。

宣言:父なる神様、あなたが私のすべての必要を満たしてくださり、私を与える者としてくださっていることを感謝します。

今日の聖書通読箇所:朝・・・Tサムエル13章、ローマ11章
              夜・・・エレミヤ50章、詩篇28−29篇    
- 2006-08-20
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