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Osaka Shalom
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8月18日 蒔く人はあらゆる点で豊かになる

蒔く人に種と食べるパンを備えてくださる方は、あなたがたにも蒔く種を備え、それをふやし、あなたがたの義の実を増し加えてくださいます。あなたがたは、あらゆる点で豊かになって、惜しみなく与えるようになり、それが私たちを通して、神への感謝を生み出すのです。(Uコリント9:10−11)

 Uコリント8章、9章を学ぶと、貧困の考え方を持てなくなります。「新しい契約においては、神は私たちが貧しいままでいることを望んでおられる」などと言えなくなります。神はいつまでも変わらない方ですから、信仰によって従うなら神が自分の富の源になってくださると確信している人は、経済的に祝福されるのです。私たち個人やキリストのからだの必要を満たしたいという神の御思いは、変わることがありません。
 私たちがますます多くの種を蒔き、多くの収穫を得ることができるように、神は私たちに蒔く種を与えてくださいます。上記の聖句で述べられている「あなたがたの義」とは、‘主の働きに種を蒔くこと’を指します。私たちが主の働きのために種蒔きの献金をするなら、私たちが得る収穫が増し加えられるのです。他の祝福もそうですが、神の経済的な祝福はどれも、ただ私たちが楽しむだけのために与えられるのではありません。私たちはそのことを肝に銘じておかなければなりません。神は、私たちの収穫がさらに増し加えられることを願って、そのための種をくださっているのです。ですから、私たちのすべての必要を満たすために神がくださる種を私たちが自分で食べてしまわないようにすることは、非常に大切なことです。私たちの人生のいかなる必要のためにも、神は蒔く種をくださいます。それはお金のことだけに限りません。
 私は、Uコリント9:11が大好きです。この節で、神はパウロを通して、私たちが種蒔き献金をどんどん捧げていくなら、あらゆる点で豊かになると教えておられます。この「豊か」ということばは、‘あふれる豊かさ’を意味します。富を意味するとも言えるでしょう。経済的に豊かになることも指しています。しかし、それだけではありません。神はあなたがあらゆる点で豊かになることを願っておられるのです。つまり、あなたが、霊においても、魂においても、からだにおいても、経済においても豊かに富む者になることを、神は願っておられるのです。
 与えること、受け取ることにおいて、私たちはどのような態度を持つべきなのでしょうか?神に感謝を捧げるべきなのです。私たちの捧げものが、それを受けて自分の必要が満たされるという収穫を得る人の感謝を生み出すことになります。また、失われた魂が救われることや、病人が癒されることも収穫に挙げられます。私たちの捧げものが、人々が主のもとへ来る助けになったのなら、私たちは永遠に主に感謝することでしょう。あなたは収穫を見ていますか?神は確かに見ておられます。ですから私たちも、自分が蒔いた種がみな収穫をもたらすことを期待しなければなりません。

宣言:私は種を蒔く者です。私はあらゆる点で豊かになっていきます。主なるイエス・キリストに感謝します。主と私の必要を満たすために、お金が私のところに来ます。
 
今日の聖書通読箇所:朝・・・Tサムエル10章、ローマ8章
              夜・・・エレミヤ47章、詩篇23−24篇

- 2006-08-16
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