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Osaka Shalom
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8月17日 神はあなたの収穫のために蒔く種を与えてくださる

蒔く人に種と食べるパンを備えてくださる方は、あなたがたにも蒔く種を備え、それをふやし、あなたがたの義の実を増し加えてくださいます。(Uコリント9:10)

 私たちが種を蒔かなければ、神は私たちに収穫を与えることができません。私たちが神に必要を満たしてくださいと祈り求める時、神は私たちに蒔く種をくださいます。私たちの蒔く種が増えるまでは、神は私たちの収穫を増し加えることができないからです。
 神は蒔く人に種をくださいます。蒔く人は、その種を食べてしまうのではなく、収穫を手にすることができるように植えるのです。神が私たちに蒔くための物やお金をくださる時、それが自分が祈り求めてきた収穫をもたらす種かどうかを判断しなければなりません。あなたの必要を満たすために、神はあなたにも種を与えてくださいます。
 ‘蒔く’とは、成長を期待して、地に種をばらまいて植えるという意味です。神は、御自分がくださったお金が収穫を得るための種であることを、私たちに経験してほしいと願っておられます。種を蒔く人は、自分が何をしているのかをよく理解しなければなりません。蒔く人は収穫を期待しています。期待とは、いつも信仰の結果生じてくるものです。では、蒔く人は何を信じているのでしょうか?種の持つ力を信じているのです。
 蒔く人には、種とそれを蒔く場所が必要です。イエスは、種が成長して実を結ぶには良い土壌に蒔くことが鍵であると語られました(マルコ4:1−20)。イエスは種蒔きの譬えを用いてこのことを教えておられます。良い地に蒔かれた種は、30倍、60倍、100倍の収穫を生み出すのです(マルコ4:20)。
 では、私たちが経済の種を蒔くのに良い土壌とは、どのような所でしょうか?良い地とは、祝福された土地のことです。神の祝福がある所が、種が実を結ぶ所なのです(申命記28:3−4)。その土地に呪いがあるなら、種を蒔いても実を結ぶことはありません。
 私たちは、什一献金は自分の教会に捧げるように教えられています。そこで自分が養われているからです。什一献金はそれ以外の所へ捧げられるべきではありません。私たちが主に仕えている所である教会に捧げられるべきなのです。神の祝福を受けるには、その教会はイエス・キリストを宣べ伝え、神の御霊の導きに従っていなければなりません。聖霊を悲しませると、神の祝福が働かなくなるからです。
 教会が祝福されるには、什一献金を捧げているかどうかも重要になります。牧師も含めて教会の人々が什一献金を捧げていなければ、呪いが働くようになるからです。什一献金を捧げている教会こそが種を蒔くのに好適地なのです。そこに神の祝福の雨が注がれているからです。
 このように、私たちの什一献金が土壌を整えていきます。十分の一は主のものですから、私たちはそれを主の教会にお返ししているに過ぎません。そして、他の献金が私たちの蒔く種となります。その種を蒔き始めたら、私たちは経済において収穫を経験していくようになります。種を蒔く場所は主に自分の教会であるべきですが、神が特定のミニストリーに種を蒔くようにと示される時もあります。大切なのは、神が導かれた所に種を蒔くということです。神があなたを導かれた所が、あなたの富がある所なのです。

宣言:私は種を蒔く者です!ですから、毎日、収穫を刈り取っていきます!

今日の聖書通読箇所:朝・・・Tサムエル9章、ローマ7章
              夜・・・エレミヤ46章、詩篇22篇
- 2006-08-16
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