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Osaka Shalom
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8月16日 経済の種を蒔く者は、経済の収穫を刈り取る

私はこう考えます。少しだけ蒔く者は、少しだけ刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ります。(Uコリント9:6)

 私たちのお金は、神に対して蒔く種です。種を蒔いた農夫が収穫を期待するように、私たちも収穫を期待することができると、パウロは語っています。私たちが献金する理由のひとつに、それによって経済の収穫を刈り取り、主が命じておられることが全部できるようになることが挙げられます。
 献金してもその見返りを期待してはいけないと教えられているクリスチャンもいます。彼らは、私たちは主への愛のゆえに献金するのであって、主の働きのために蒔いた経済に見返りを期待するのは自己中心だと教えられているのです。しかし、神はこの考えに同意しておられません。
 種には実を結ばせる力があります。パウロはコリントのクリスチャンたちに、自分の人生にどれだけの収穫が欲しいのかは自分で決めることなのだと単純に教えています。パウロは、彼らの贈り物のはかりが彼らの収穫のはかりに影響すると教えているのです。少しだけ蒔く者は、少しだけ刈り取ります。豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ります。これが種蒔きと刈り入れの霊的な法則です。
 創世記8:22で、神は、「地の続くかぎり、種蒔きと刈り入れ、寒さと暑さ、夏と冬、昼と夜とは、やむことはない。」と宣言しておられます。神の御国には、この種蒔きと刈り入れの法則があります。重力の法則があるように、種蒔きと刈り入れの法則があるのです。私たちは、自分が蒔いたものを刈り取ります。もし私たちが愛を蒔くなら、愛を刈り取ります。友情を蒔くなら、友を刈り取ります。お金を蒔くなら、お金を刈り取ります。車を蒔くなら、車を刈り取ります。私たちは自分が蒔くものを刈り取るのです。
 私たちがこの御国の原則を理解するなら、献金することにもっと喜びを感じるようになるでしょう。私たちはお金を無駄に用いているのではありません。御国に種を蒔いているのです。そして、それによって経済の収穫を刈り取り、自分の必要が満たされるだけでなく、他の人々を祝福し続けることができるようになるのです。神は喜んで捧げる人を愛してくださいます。私たちは強いられて捧げるのではありません。私たちが神の国を第一に求めて蒔く時、その蒔いた種が自分にも人々にも益をもたらすのを経験するようになるのです。
 Uコリント9:8には、「神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ちたりて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。」と書いてあります。この約束は、主の働きのために捧げる人に与えられています。私たちが捧げ続けるなら、神はあらゆる恵みをあふれるばかりに与えてくださいます。それによって、私たちは自分や御国の必要を満たすのに要るものはすべて所有するようになるのです。神が、私たちの人生に欠けるものは何一つないようにしてくださるのです!主をほめたたえましょう!

宣言:私は種を蒔く者ですから、自分の霊、感情、からだ、経済の必要のために大収穫を刈り取ります。私の生活やミニストリーには、何ひとつ欠けるものはありません。

今日の聖書通読箇所:朝・・・Tサムエル7-8章、ローマ6章
              夜・・・エレミヤ44章、詩篇20-21篇
 
- 2006-08-14
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