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Osaka Shalom
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8月15日 捧げる恵みに富むようになる

あなたがたは、すべてのことに、すなわち、信仰にも、ことばにも、知識にも、あらゆる熱心にも、私たちから出てあなたがたの間にある愛にも富んでいるように、この恵みのわざにも富むようになってください。(Uコリント8:7)

 コリントの教会は、献金に関して多くの非難を受けていました。彼らは異言や預言といった賜物を用いることには非常に優れていたのですが、神の国の働きのために捧げる者ではなかったのです。彼らは、神や神の働きに対する愛を行ないで表わすことができていませんでした。
 パウロはコリントの教会をマケドニヤの諸教会と比較し始めました。パウロはコリントの人々に、マケドニヤの諸教会が貧しさの中から捧げたことを知らせました。マケドニヤの人々は寛大な心にあふれ、自分の力以上に惜しみなく捧げたと、パウロは証しています。彼らは強いられてそのように捧げたのでしょうか?いいえ。彼らは、聖徒たちを支える交わりの恵みに与かりたいからと、熱心にパウロとバルナバに願い出たのです(8:4)。
 新約聖書の教会では、捧げることは礼拝のひとつのあり方でした。すべての聖徒が与かるべき奉仕でした。マケドニヤの人々は、献金の時間に促されるまで待つようなことはしませんでした。彼らは、使徒たちの働きのために捧げさせてもらえるように熱心に頼んだのです。彼らは捧げることにとても喜びを感じていたので、自分たちの力以上に捧げたのです!
 では、新約聖書に記されているこれらの教会は、どうしてこんなにも捧げることに喜びを感じていたのでしょうか?どうして彼らは、使徒たちに頼んでまでもお金を捧げ、彼らの働きを支えようとしたのでしょうか?あなたもその理由を知りたいと思っているなら、私は嬉しいです。なぜなら、今日、多くのクリスチャンが捧げることに喜びを感じていないからです。
 彼らが捧げることに熱心であった理由のひとつに、彼らが主と主が教会に与えてくださった五役者の働きを敬愛していたことが挙げられます(エペソ4:11−12)。彼らは神の国の働きに捧げることが大好きでした。私たちの捧げる動機はいつも、主の働きに対する愛でなければなりません。私たちは、失われた人々を救い出し、病人を癒し、悪霊を追い出し、御ことばを宣べ伝える働きを敬愛しなければなりません。これらのことはイエス御自身がされたことですから、イエスの教会も同じことをしなければならないのです。
 あなたは、主の働きのために、自分の時間や経済を喜んで捧げていますか?主の教会を愛していますか?主の働き人、五役者たちを愛していますか?使徒、預言者、教師、伝道者、牧師を敬愛していますか?聖書を読むと、イエスが遣わされたこれらの人々をどう取り扱うかが私たちの人生のあらゆる面に影響することがわかります!それはあなたの繁栄にも影響を与えるのです!

宣言:私は主と主の働き人を愛します。五役者たちを愛します。私も彼らの報いをいただくことができるように、彼らを私の人生に受け入れます。

今日の聖書通読箇所:朝・・・Tサムエル5-6章、ローマ5章
              夜・・・エレミヤ43章、詩篇19篇
- 2006-08-14
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