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Osaka Shalom
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4月25日 目に見える現実と神の真理―あなたはどちらを信じますか?

アブラハムは、およそ百歳になって、自分のからだが死んだも同然であることと、サラの胎の死んでいることとを認めても、その信仰は弱りませんでした。(ローマ4:19)

 信仰は現実を否定するものではありません。信仰は現実を超える法則があることを信じさせるものです。その法則とは、神の約束のことです。神は霊ですから、自然的な事象を超自然的な事象に変えることができます。神は無からこの世界を創造されました。神が光よあれと命じられた時、光ができたのです。神は無いものを有るもののように呼ばれたのです。
 アブラハムは目に見える現実にではなく、神の約束に目をとめました。神の約束は私たちの信仰を強くしてくれます。御ことばの約束があれば、私たちは神を賛美し、感謝するようになります。神がそう語られたのなら、霊においてすでにその約束が成就しているからです。その種はすでに私たちの霊に蒔かれました。ですから、私たちはあたかもそれが成就したかのように宣言しなければなりません。神が無いものを有るもののように呼んでおられるからです。それはもうすでに成就しています。あなたは救われています。あなたはいやされています。あなたは解放されています。イエスの血潮によって、私たちはすべての呪いから解放されているのです。
 神が救いや癒し、供給、知恵、愛、平安、そして家族の祝福をすでに約束してくださっていることを本当に理解するなら、私たちはそれを受け取り、それが実現に至るように宣言し始めるようになります。神がそれらの無いものを有るもののように呼んでおられるのです。自分が受けた預言の成就を宣言していきましょう!御ことばを宣言しましょう。信仰をもって神がすでに霊において成就されたことを見ていきましょう。主をほめたたえましょう!

宣言:私は現実を否定しませんが、御ことばの真理は現実にまさると信じます。真理は現実に打ち勝ちます。真理は私の置かれた状況を変えていきます。

今日の聖書通読箇所:朝・・・民数2章、詩篇36篇
              夜・・・伝道者12章、ピレモン(1章)
- 2006-04-23
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