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Osaka Shalom
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4月20日 罪は祈りを妨げる

見よ。主の御手が短くて救えないのではない。その耳が遠くて、聞こえないのではない。あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。(イザヤ59:1−2)

 罪は私たちの祈りが主の耳に届くのを妨げます。私たちは罪を告白し、主の赦しを受け取らなければなりません(1ヨハネ1:9)。新生してからも、私たちは罪を犯せば神の臨在を経験できなくなることを忘れてはなりません。
 私は上記の聖句が大好きです。祈りの答えを受け取れなくする要因が神の側にあるのではないと教えているからです。神の手が短いのでもなく、神の耳が遠いのでもありません。神は私たちの信仰による祈りをいつも聞こうとしていてくださっているし、それに応えて事をなそうとしていてくださっています。問題は私たちの不従順にあるのです。私たちは神が命じられたことをしなければなりません。罪を犯しながら神が祝福してくださることを期待することはできないのです。神のすばらしさを味わい知るために、すみやかに罪を告白して捨て去りましょう。神はすばらしいことをしてくださる方ですが、神が祝福を流されるのは汚れのない聖い器に限られるのです。そして、私たちをそのように聖めてくださるのはイエスの血潮だけです。
 どのようにすれば、私たちが従順に歩んでいるかどうかがわかるのでしょうか?聖霊に自分のうちに隠れた罪があればすべて明らかにしてくださるように願い求めてから御ことばを学ぶようにすると、神が私たちに要求しておられることがわかるようになります。神は私たちが日々、自ら選択することを望んでおられます。私たちが欲しいのは祝福ですか、それとも呪いですか?私たちは従順を選ぶか、不従順を選ぶかのどちらかなのです(申命記28:1−15)。神は私たちを愛しておられ、祝福したいと願っておられます。私たちをいやし、勝利の人生を歩ませたいと願っておられます。御自分の栄光を経験させたいと願っておられます。御自分の愛や平安を経験させたいと願っておられます。私たちに日ごとに与えられる神のすばらしさを味わっていけるように、罪を捨て去りましょう。神はすばらしい方です!

宣言:私が神の霊と御ことばに従順に歩んでいるので、神はいつでも私を祝福してくださいます。神への従順が神のすばらしさを経験するに至る扉を開きます!

今日の聖書通読箇所:朝・・・レビ24章、詩篇31篇
              夜・・・伝道者7章、2テモテ3章
- 2006-04-17
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